長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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4月16日・20日・22日の成果

シーズンオフの直前!ラストスパートの成果は。。。。。。。過酷でした。

~ 4月16日の成果 ~

今は廃村。明賀(みょうが)侍が守った物見の砦・・・・・高峰物見(安曇野市)

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高峰物見と川ばさま砦の遠望

生坂村と安曇野市の境の峯に構築された物見で、南側下の沢沿いにかつて存在した明賀集落(廃村)にいた沖氏が

小笠原氏から領地を預かりこの物見を守っていたとされる。


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高峰物見の郭を見る。

地元の方は聞いたことが無いと言っていたが、「山城探訪」(宮坂武男著)では、かつてここに酒屋があったとしている。

現状は広大な削平地と切岸・石組の井戸が残存しているが登城路は無い。


砦かな?・・・・川ばさま砦(安曇野市・生坂村)

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川ばさま砦の中心部を見る。

高峰物見から市町村境の尾根を約700mほど尾根を辿ると、小高いピークに存在する。

現状は山頂に狭い削平地と腰郭のような狭い郭が残る。砦からは生坂村が一望でき、そのまま尾根を辿ると高松薬師城な

どがある岩洲公園に通じる。


~ 4月20日の成果 ~

信濃先方衆の猛将「らんまるさん」との危険な訪城

険峻な尾根に巨大な堀切・石積みに惚れ惚れ・・・・・大岩城(須坂市)

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今回は大岩城から尾根伝いに雨引城へ登り、その後、尾根伝いに月生城へ下る危険な訪城ルートを辿りました。

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大岩城の本郭を見る。

巨大な天水溜や石積みの多用に疲れを忘れはしゃぐが。。。。。。後の事を忘れていた。。。


大岩城からの登城は地獄!・・・・・雨引城(須坂市)

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雨引城の堀切

比高555mの高所に本当に必要なのか?と思うほど城郭遺構が残り驚愕する。

昔の人たちはすごすぎ!



畝状竪掘に美しい切岸・多用する堀切!これぞ中世の城郭の美学・・・・月生城(高山村)

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月生城の本郭裏の掘切を見る。

雨引城から尾根を下り、月生城を目指すが絶壁が尾根を遮断していて絶対絶命となるが、なんとか斜面をトラバースし

なんとか辿り着く。

命がけの訪城をした甲斐があり中世城郭の先端技術のオンパレード!

目移りするくらい素晴らしい!!  是非訪城することをお勧めします。


福島正則終焉の居館・・・・・堀之内館(須坂市)

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居館西側にある堀跡を見る。

土塁が少し残っているだけだが、戦国期に有名であったあの福島正則がここに居たのかって思うだけで満足でした。


普通の人は知らないんだろ~な~ここにあった事・・・・・須田城(須坂市)

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須田城の本郭を見る。

こんなお手軽に訪城出来るのに良く残っていて、巧妙な堀切内虎口・郭など初心者にはいいお勉強になります。


今回ご同行いただいたらんまるさんありがとうございました。


~ 4月22日の結果 ~

興味本位だけで行ってはいけません!訪れて後悔した訪城結果。

どこまで続くんだ~1.8㎞もある名城・・・・・二十端城(小布施町)

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今回は、二十端城⇒滝ノ入城⇒雁田城へ縦走しましたがこれはかなり危険!経験・体力に自信が無い人はヤメマショウ!(全行程約4時間半)

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二十端城は、総延長1.8㎞に及ぶ城域を持ち本郭となるべき主要な郭が4つほど存在する。

この城で珍しいのがこの堀切で、底部に石積みが積まれていて何のために積まれたのか疑問が残る。


tutuhatasiro (2)

主要な郭には石積みが積まれており、二十端城のメインの本郭と見られる郭の切岸にはおびただしい崩れた石積みが見ら

れ破城でもあったのか?と思われるほどの崩れかたをしている。


tutuhatasiro (3)

滝ノ入城のある山頂手前の高所にまでこのような立派な石積みが見られ、城域が広いながらも良く手が入っている。


こんな高所に石積みの城にはビックリ!・・・・滝ノ入城(小布施町)

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ここまでがとにかく険しい!二十端城からここまでず~っと。。。。どうやって帰ろう!!

って考えてばっかりだったが。。。。。。雁田城から遊歩道?があり唖然!&ホッ (^○^) 生きて帰れてよかった!


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滝ノ入城に残る大きな堀切、この堀切には竪石積みが付属されていて先駆的な技術が見える。

それにしてもあんだけ歩きまわったのに。。。。何故か千僧坊郭の石積みを見忘れちゃった!。。。もういいかな。。。


天然の要害・・・・雁田城(小布施町)

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雁田大城は、多くの堀切と石積みにより守られた良く考えられた城郭でさらに自然の険しさを取り入れた要害堅固を持ち

合わせる。また、搦め手は滝ノ入城へ続くが尾根は岩がむき出しの場所など遊歩道が無ければ辿ることも難しいだろう。


karitakozyou.jpg
小城の本郭と後方に大城のピークを見る。

大城のある尾根の先端部には、小城が築かれている。

小城には石積みで構築された段々や通路・階段が存在するが。。。。あれは城のもの?


名族井上氏の居館・・・・・・井上氏館(須坂市)

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説明板の裏には居館の堀が残っており、発掘調査では11~12mの堀幅であることが確認されている。

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堀は埋まってしまっているが、高まりとして郭の形状が残っており鬼門除けの隅欠なども見られる。


名族井上氏の要害とされ古式の城郭とされるけど。。。。・・・・・井上城(須坂市)

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井上大城の本郭を見る。

井上城は、郭の削平や本郭下の帯郭に土塁を盛って横掘状にしたり良く手が入っているが、堀が小さいことや造りが単純

なことにより古式な造りの城跡とされることが多いが。。。。


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大城の最後の堀切とされる所から尾根伝いに井上山へ登ると写真のような岩をくり抜いたような大きな堀切が、2本

見る事が出来る。これを見ると戦国後期にも手を加えられていたのではないかと思ってしまうが。。。どうであろう。



今回の訪城はかなりハーーードだったけど。。。。まだ北に行けば登れるかな~。。。。。記事も書かなきゃね。


みなさま。。。。。無理だけはしないようにしましょうね。

次回は誰も訪れる事のない。。筑北村の『不寝見屋敷』ですのでお付き合いくださいませませ。。。。(^。^)y-.。o○
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  1. 2014/04/24(木) 20:58:39|
  2. 本日の訪城
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4月9日と10日の訪城結果

4月9日と10日は、休みだったのでず~と気になっていた城跡達を訪城してきました。

シーズンオフに近づいてきたので頑張っています!



4月9日の訪城結果

今回は以前、「らんまる攻城戦記」のらんまるさんのご案内で訪城した尼飾城の尾根続きである、奇妙山の山頂にある

清滝城と尼飾城城裏砦・尼飾城へ縦走してきました。

所要時間は、岩沢登山口⇒奇妙山⇒城裏砦⇒尼飾山⇒岩沢登山口(休憩込)の全行程で約4時間でした。



急傾斜の連続と長い行程に達成感満点・・・・・・清滝城 (長野市)

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行程の途中にある「高見岩」から見た景色、眼下には尼飾城が見える。

登山口である岩沢からの行程は、初っ端から急傾斜が続く登山道でバテバテ、しかも山頂までも長い長い。。。。さすが比高630m(-_-;)

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尾根に残る堀切

登山口から1時間20分程で本郭へ到着!

山登りが趣味ではないので早速遺構確認を開始するが、本郭周辺の切岸の美しさと削平地の丁寧さに感嘆。

こんな高山に必要だったのかは別として。。。。さすがに堀切は小さかったものの遺構の残存状況は良好でした。


立地と堀切で尾根を遮断!・・・・尼飾城城裏砦(長野市)

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本城の尼飾城と出城の城裏砦の遠望

城裏砦へは、奇妙山から尾根を戻り岩沢からの分岐点を通過し、次のピークの尼飾山側に位置する。

奇妙山側の尾根続きは比高差があまりない為に防備は厳重となっており、奇妙山側に備えていることが窺える。


zyouri (2)
城裏砦の堀切を見る。

遺構としては、奇妙山からの尾根続き側に三重の堀切と堀切から伸びる竪土塁を伴う長大な竪掘が落とされている。

ただ、城内はというとある程度の削平はされているものの切岸も不明瞭であまり手を加えているようには見えない。

真田氏に攻められた時の急造なのか。。。。その後の造作なのかは分からないが、堀切以外は見るべきものは無い。

本城の尼飾城側の防御は一切見られないが、砦から尼飾城へは岩場混じりの急斜面(比高60m)を下る必要があり、

さらに尼飾城へは急斜面を比高80m登るのでこちら側には防御が必要なかったのであろう。

無理してまで行く必要もないかもしれない。



何回見ても要害堅固さを実感・・・・尼飾城(長野市)   再訪

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尼飾城の本郭からの眺め

以前はらんまるさんにご案内いただき、「武蔵の五遁さん」も交えて訪城したが今回は、奇妙山からの縦走をしてみたが

感想は尼飾山は。。。。どこから登ってもキツイ。。。。(-_-;)。。。。。。。ってことだけでした。


amakazari.jpg
堀切を見る。

遺構はいつ見ても。。。。いいですね~。

こんな険しい山にこれでもかと堀切を掘り、尼飾城が機能していた時の緊張感を感じますね。

もう行かなくてもいいかな。。。。(汗)



4月10日の訪城結果

青柳氏と日岐氏の境目の物見砦・・・・物見岩(鬼ヶ城) (安曇野市)  

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物見岩からの眺め

物見岩は通称鬼ヶ城と呼ばれており、絶壁に囲まれた細尾根に存在する。

ここまでの登城路は。。。。見上げるような急斜面を直登するので。。。ツライ。。。。かな。

明科から聖峠へと通じる街道沿いに位置し、往古は善光寺街道が山中に張り巡らされていた。


monomiiwa (2)
物見岩に残る削平地

尾根上には、古道が通っていて乗越し(峠)も存在してこの物見の存在意義を感じさせるが。。。。。

行く意味があるかと問われれば。。。。。。。。。。。。。。ない!。。。。。。。。。(>_<)

ただ岩を削平した物見台と小屋掛けと思われる平場があるだけ。



尾根上の街道を監視する日岐氏の物見砦。。。。。。梨子峯物見(安曇野市)

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物見砦に残る高まりと祠

安曇野市から聖峠へ通じる街道は往時、山の尾根上を通過しておりこの街道は明科から伸び岩洲公園で善光寺街道に接続

するこの一連の街道を監視する目的で日岐氏が設置したものと考えられる。

砦は尾根上のピークを削平してある以外はあまり遺構は存在しないが、周辺には梨子など小集落が存在しこれらの住民が

交代で番をさせられていたのであろう。


nasimine (2)
明科七貴から遠望した砦

物見が山奥の高い尾根上に存在している事が分かる。


以上2日間で訪城した結果でした。

小さい砦も取りこぼさず各個撃破して信州の城を制覇するべし!

今回の訪城で886城になりました。

もう少しでシーズンオフ。。。。。。ラストスパートで頑張るぞ!
  1. 2014/04/11(金) 19:06:32|
  2. 本日の訪城
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11月30日・12月2日の訪城結果

みなさん知ってました?佐久の平尾山には5ヶ所の城跡があったの。

平尾城・平尾山砦(平尾富士砦)は有名ですがそれ以外ってなんでしょ?

それを確認してくるために11月30日は平尾山を6時間かけて歩きまわってきました。



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平尾山に存在する城砦群の配置


11月30日の訪城
平尾山城砦群其の1 

見晴らしサイコ~物見の砦・・・・平尾山砦(平井富士山頂)


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平尾山山頂に構築されている平尾山砦は、平尾氏の烽火台・物見の砦として使われたことは疑いのないことである

が、山頂の本郭には縁部を取り巻く土塁や帯郭・堀切が見られただの物見の砦でもないような仕様になっている。


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本郭から見た前衛の砦達

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本郭の北側の尾根に構築された堀切

東側に続く尾根にも堀切が見られ、白山から続く尾根のピークにも堀切が一本(宮坂氏の図には記載なし)が

見られ規模は従来考えられているものより大きかった可能性を感じた。



広大な城域に天然の岩場を巧みに取り入れた見事な城跡・・・・平尾城(秋葉山)

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平尾城の本郭

周囲には土塁や虎口と見られる切れ目があり戦国末期まで使用されたことが窺える。

また小学生手作りの看板が随所に見られ保存にも力が入れられていることも感じられた。


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南西尾根先端部に近い最後の堀切。(自然の岩を使用した立派なものである)

平尾城は広大で南西尾根・西尾根が長く麓まで伸びており、この尾根それぞれの先端部まで遺構が見られる為に

すべて見ようとするとかなりの体力を消耗する。

しかし、もう行きたくないのですべての尾根の先端までの遺構を見て来たぞ。 (-_-;)


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西尾根(大手)の尾根の先端部に残る二重堀切の一つ(奥には南西尾根が見える)

各尾根には段郭や堀切・岩を使用した切岸が見られる。

在地土豪の城にしては出来すぎている感じがし、もっと大きな勢力が関与したのではないだろうか



無名なのに。。。。。。素晴らしい!!・・・・白山砦(白山山頂から尾根先端まで)

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平尾富士登山口(パラダスキー場により一部消滅)

この白山砦を始めて知ったのは、佐久市埋蔵文化財年報3(1995年刊行)でスキー場造成時の発掘された時の

もので一本松砦(平尾公園造成)・下伴助砦(佐久パーキングエリア造成)と共に書かれている。

これ以外のものでの資料では見たことが無かったので、佐久市教育委員会に詳細な地図を送ってもらい今回、

調査してきたぞ。


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遺構が集中する山頂部と発掘で遺構が確認された場所の位置

発掘により遺構が確認された尾根先端部と山頂部との距離がハンパない。

先端部と山頂部の間は未確認であるが、本当にこんなに城域が広いのだろうか。。。。。。。

それとも会田虚空蔵山城みたいに段郭と尾根部など主要部に遺構を散らす築城形式だったのだろうか。

先端部の発掘では段郭と石積みと中世の遺構が確認されているので城の遺構であることは間違いないのであろうが。


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現地で書いてきた清書仕掛けの図面だが遺構が良く残っていることは感じていただけるかな。

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白山砦から見下ろした平尾城

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東尾根最後の堀切

自分が確認できた堀切は全部で5本で、規模的には立派なものが多くこの白山自体が険しく岩がむき出しの所が多く

岩を掘り割っているものもありこの砦の重要性が窺える。



消滅したのか?・・・・・・一本松砦

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一本松砦の遠景

この一本松砦も公園造成で初めて発見された砦で、段郭と石積みが確認されている。

しかし、現在は何故ここに砦を壊してまで必要だった?と思うような古ぼけたアスレチック場となってしまっていた。


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本郭だったのだろうか今はアスレチックの展望台が建つ(木材が腐ってしまっていて使用禁止になっていた)

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砦の遺構だろうか?一応、段郭の一部らしい部分も見られたが。。。。。


これもか。。。。。。下伴助砦

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下伴助砦遠望

この砦も佐久パーキングエリアに伴う公園造成により発見された砦で、段郭と石積みが確認された。

人の手により土を動かした跡や中世の陶器片が確認されていて、この段郭と石積みが平尾山山頂に向けて見られる

ようである。


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砦に伴うものと見られる段郭を見る。

平尾山城砦群を見て来たが、この山中に未だに確認されていない砦が眠っている可能性もまだまだあるかもね。


12月2日の訪城結果

この日は会社が休みだったので友達と難関な城を攻めてみようと挑戦してきたぞ。


絶対無理!やはり宮坂氏は神だった。・・・・・・・朝日ヶ峯城(塩尻市・辰野町境)    途中断念

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今回、木曽義仲の隠れ城と伝承される朝日ヶ峯城を目指し、国道19号線から牛首峠(旧中山道)を越え写真の

林道桑崎線へ向かった。

朝日ヶ峯へは、この林道を通り現在は廃村(お一人住んでいるとされるが牛首峠が冬季は通行止めとなる為、

冬季以外に住んでいるようである)を越え坊主林道を終点近くまで行き、ここから城ヶ平まで直登するという

過酷なも工程である。

宮坂氏の山城探訪では桑崎集落跡まで車で行けるとの情報であったが、既に林道入り口で普通車は侵入不可能な

くらい道が荒れておりここから歩く羽目に。。。。。(-_-;)

(四駆や軽トラなら可能。途中に軽トラと3台ほどすれ違ったので・・・・結果人は入っているようで山もきれいであった)


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崩れ落ちた民家

林道入り口からこの桑崎集落までは、歩いて1時間ほどかかった。

集落以降の林道は素晴らしくきれいで、集落までの道さえ何とかなれば普通車すら通行出来そうである。

(もちろん未舗装であるが、集落内は舗装されている部分もあり廃墟の中には民宿の看板もあったので、

少なからず往時は観光するような場所があり泊まりに来る客がいたのであろう。)


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村で祀っていたであろう稲荷社も倒壊していた。

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また、村の外れにあった鎮守の神社も倒壊しており遠いい昔に廃村になったことが窺えた。

ここで銃声が近くに2発聞こえ凍りつく!


このあたりから心が折れ始める。。。。。(-.-)

地図を見ても。。。。。あと・・・・・林道を3時間ほどか・・・・そこから山を・・・・1時間30分・・・・・

今の時間は・・・10時・・・・・山上で14時30分・・・・遺構を見て15時・・・・・・帰路の林道入り口まで・

4時間30分・・・・・・・・・今日中に戻ってくるの無理!   あ~あ・・・・(涙)


すると勢いよく軽トラが林道を下ってきた!!!!!!!!

荷台には。。。。。


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死亡したイノシシが。。。。。。さっきの銃声はこの人か。。。。。

このおじさん曰く、城ヶ平まで歩いて行くことは無理で、更に林道途中にはゲートがあり奈良井営林署の許可が

必要と教えていただいた。

はい!終わった~。。。。この1時間30分歩いたのは何だったのか。。。。(-_-メ)

トボトボ歩きながらつぶやく「やっぱジムニーほしいな。」・・・・・嫁の怖い顔が浮かぶ。。。。

しかし、ただでは休みは終われないのだ!



意地で登ったぞ!・・・・中塔城(安曇野市)    再訪


去年の10月にらんまるさんと訪城していたが、写真がブレブレでとても記事にできる状態ではなかったので

すでに廃村探訪(笑)で足がプルプルしていたが、悔しさをバネに登ってきた。


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前回同様に南側の尾根から登り始め(今回は鉄塔の保守道を使用)、鉄塔まで約50分・・・既に死んでいる。

ここから険しい岩場がある尾根を登って行くと、城域に入る手前には写真のような自然の岩場を使用した堀切が

見られる。


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尾根上に辿りつくと、削平地が見られるようになり段郭が始まる。

今回は季節がよかったのか間伐がされており、遺構が素晴らしく良く見えた。


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本郭にある祠でここに小笠原長時の居館があったようで、ここからは遺物が出土している。

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今回、一番の関心事項であった本郭裏の堀切から300mほど進むと殿様水と呼ばれる水ががあり現在でもこんこんと

水が湧き出しているという記述の場所を探し出すことであった。

一応、尾根を登ってみると300m~400mの間に写真のように地面から水が湧き出している場所を確認したが、

こんこんと湧き出していない所が引っかかるが、ここから更に100m登ってもここ以外に水がたまっている所は

確認することが出来なかった。

なのでここが殿様水であると納得し下山したのであった。(自己満だけど・・・・)

それにしてもやはり中塔城は辛い!!!



これで長野県内の城館跡の訪城数は・・・・814城(もちろん再訪は入ってませんよ。)になりました!

記事にはいつなるのであろうか。。。。苦悩は続く。
  1. 2013/12/05(木) 19:36:28|
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11月23・24日の訪城結果

11月23日は長野市七二会にある陣馬平トレッキングコースと萩野城へ行って来たぞ!

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すべては地蔵峠から始まるが。。。。。いきなり雪が積もっており車はノーマルタイヤ(汗)ヒヤヒヤものでした。


高山に残る美しき城跡・・・・萩野城(長野市七二会)

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萩野城の本郭

この時期だからなのか雑木はほぼなく素晴らしい遺構を堪能出来ました。


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本郭からは正面にアルプスの雪化粧が見られ大はしゃぎ!(^^)!

ここの城主であった春日氏も見てたんでしょうね~。


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春日氏の開基とされる知足院があった知足院集落と萩野城を遠望


陣馬平の尾根上を見張る砦・・・・葭雰神社物見(長野市)

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地蔵峠から尾根上のピークを3つほど越えるとこの葭雰神社が鎮座する砦跡となる。(約2㎞程度の距離)

神社は珍しい造りで古墳のような感じであるが、これも戦国期にも存在したのであろうか?

周囲は削平されており物見とはいうものの結構な兵数を駐屯出来る広さである。


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物見砦の南西尾根には堀切が一本見られる。また東側の尾根には犬戻りと呼ばれる急な下りとなりこちらは防御が

必要ないほどの急さである。


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物見砦からは戸隠方面が一望でき絶景であった。


山城探訪にも無かったぞ!・・・・朝日城(長野市)

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朝日城の本郭

周囲は高さ約1mほどの土塁で囲まれており、虎口のような切れ目も見ることが出来る。

この城は宮坂氏の山城探訪にも記載が無く、トレッキングコースのパンフレットに記載があったので行ってみた。

それにしても地蔵峠からここまで遠かったな~。

尾根上を約3㎞(往復6㎞・約3時間半)途中ではハンターに会うし、道は険しいし。。。。。。

冬じゃなければ車でこれたのも悔しいし。(中腹を車道が通っております。)


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本郭の周には切岸と帯郭(横掘にも見えるが。。。)が見られる。

この先にある波田古城は時間の都合上、泣く泣く諦めたのでその内挑戦してみよ。


11月24日

この日は、らんまる攻城戦記のらんまるさんのご案内で千見城(再訪)と尼飾城へ行って来たぞ。

土の城への衝動の管理人の五遁さんも久しぶりにご一緒できて楽しかったし、充実した一日でした。




やっぱ素晴らしかった!多くの戦国武将を見て来た城・・・・・千見城(大町市)  再訪

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千見城の本郭と大土塁

前回に訪城したのは。。。。12年の10月の終わりにらんまるさんと馬念さんとで天気が良すぎていい写真が撮れ

なかったのが心残りだったが、今回お誘いいただき更にいい感じに曇ってくれて大はしゃぎ!


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尾根上にある二重堀切の一つ

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千見城の出郭に残る堀切

この出郭に行くのは相当のマニアかアホか、という位に細く険しい道を行く。。。。。僕らはマニア?アホ?



ず~っと行ってみたかったんだ~・・・・尼飾城(長野市)

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尼飾城の本郭

いつも見上げて心が折れて。。。。。そんなことを繰り返していたこの山・・・・やっと登ったど~。

皆様のおかげでございます (*^^)v


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城跡から十国峠方面を見る。

でも意外に登山道は整備されてるし、人とも会うし思ったよりきつくなかったのも意外だった。


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こんな高く険しい山上にこんな防備必要だったのか疑問に思うほど念を入れている堀切。

真田の幸隆さんに攻められた東条氏も必死だったんだな~と浸ってみました。


ご一緒していただいたらんまるさん・五遁さんありがとうございました。

記事はいつかは分かりませんが。。。。。。
  1. 2013/12/04(水) 22:09:03|
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11月15・16・17日の訪城結果

去年のリベンジ&悪夢の再来!!

15日・16日・17日と3日間に5ヶ所の山城を訪城してきました。
念願の城も制覇し気分ルンルン!足はパンパン!訪城結果をお送りしていきます。


                11月15日

改めて見直してきましたが、やっぱりサイコ~!・・・・・・北条城(松本市梓川)   再訪

以前、らんまる攻城戦記のらんまるさんにご案内いただき訪城しましたが、改めて再訪して満喫してきました

西牧氏の本城として築城され、小笠原氏が中塔城に立て籠もった時に改修され堅固な城となったと考えられている。/span>。

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本郭の縁部を取り巻くように構築された土塁。

現在でもよく残り虎口も見られ進んだ築城技術が見られる。


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本郭北東尾根を掘り切る巨大な掘切

堀切の巨大さに感動&どう降りようか悩むこと必須


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西尾根を掘り割る堀切

連郭式に築かれた北条城、それぞれの堀切の規模と切岸に何回訪れても飽きない。


北条城の出城・・・・亀山城(松本市梓川)    再訪

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北条城とつながる尾根を断ち割る巨大な堀切

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ニの郭と奥に本郭の切岸を見る。

きれいな削平・明確な切岸、出城といえども手を抜かない築城にこの時代の緊張感を感じることが出来る。


                       11月16日

16日は、去年に尾根を間違えて鳩吹城へ登ってしまった義信の城を攻めて来たぞ!ただ・・・・・苦難の道のりが

また間違えた!苦難の道のりと感動の城跡・・・・義信の城(伊那市)

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本郭の下部に横掘を構築した珍しい郭

今回も何故か。。。。。。前回とはこの城の有る尾根を挟んで反対側の尾根に登ってしまい、立ち往生!

なんたって最終の尾根が幅1mを切る狭さで両側が絶壁!(汗)

しかし、あきらめないのだ!絶壁を下り沢中をトラバース、さらに義信の城のある尾根の絶壁を這ってよじ登った

らこの郭へ到着!・・・・・・どんだけ命がけなんだ~!(沢を越えるだけで1時間。。。。涙の訪城劇)


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搦め手の尾根を掘り切る二重の堀切

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本郭背後の巨大な堀切

義信の城は、この周囲にある城とは一線を画した異色の城で、巨大堀切・放射状の竪掘・横掘と先駆的な築城技術

を見ることが出来るが、街道からは離れた位置にあり何のためにこのように厳重な防備を誇る城を築く意味があっ

たのかは不明。築城主としては鳩吹城の倉田氏・木曽氏の説がある。

かなりお勧めの城であるが、場所が分かりずらく又笹藪が進んでいるので訪城には注意が必要!


伊那と木曽を繋ぐ権平峠を見張る砦・・・・・座籠城(箕輪町)

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訪城途中から見た伊那方面

この城、比高は200mちょっとと大したことないように感じるが、これがまた城跡までの距離がとにかく長い長い!

途中、居館跡と考えられているクリ平を越えて永遠と鉄塔の保守道を1時間ちょっとかけて登る。

高圧線に沿って登るので木々は切られているので眺めは最高。

途中でモトクロスに乗って下ってきた方に会った時にはビックリ、こんなところに自転車とは・・・・・

色々な趣味の方がいるものです(自分も含めて!)


zanngo1.jpg
尾根を区切る唯一の小規模な堀切

zanngo3.jpg
本郭の尾根続き側には高さ約50~60程度の土塁を見ることが出来る。

また、本郭からは木曽への国道(権平峠)が眼下に見えこの城の役割を感じることが出来る。


zanngo4.jpg
城跡遠望

どっちの城跡だろ・・・・・物見ヶ城(伊那市富県)    再訪

この城も以前にらんまる攻城戦記のらんまるさんにお付き合いいただき訪城したが、天気が良すぎてまともな写真

が撮れていなかったので再訪してきた。

以前訪城した時は北林から1時間以上かけて尾根を登ったが、今回はチョンボして尾根続きの林道から20分程度で

訪城しちゃった (-_-;)


tomikennmonomi.jpg
搦め手を守る二重堀切

この物見ヶ城は、北林側と富県側とどちらの勢力によって構築されたのか分かっていない謎の城跡で、高山にあり

ながらただの砦ではなく明確な意思をもって築城した城跡で先駆的な技術が使われている。


tomikennkmonomi2.jpg
本郭を見る

本郭は縁部をすべて土塁で取り巻き、西側と東側の二か所に虎口を設けている。

また、誰が来るのか疑問だが古びた標柱が建っている。


tomikennmonoi5.jpg
本郭とニの郭を区切る大きな堀切と切岸

この城の特徴は二重堀切や高い切岸・城内と通路を明確に分ける土塁などで、物見としても使われたであろうが

明確な防御意識を感じ、城郭資料では武田氏による築城説や防御が北林側に向いていることから富県側の勢力によ

る築城説がある。

どちらにしても優れた城郭遺構なので是非見ていただきたいが、全山キノコ山なので時期には注意が必要!

罰金30万や森林法の適用の看板があり。



                      11月17日

この日は、嫁のダイエットを兼ねて塩尻市の鳴雷城を攻めて来たぞ。

先日からのハードな訪城ですでにフラフラ。。。。。。。。登山道はきれいに整備されているがとにかく高い!


雨乞いの城跡・・・・鳴雷城(塩尻市)

narugami2.jpg
本郭にある鳴雷神社

山頂の本郭は削平は甘いが周囲にはきれいな切岸と帯郭が取り巻く。


narugami.jpg
上ノ山城へ続く尾根を断ち切る大堀切

城内で一番大きな堀切で、北側に落とされた竪掘の大きさはこの砦には不釣り合いな程規模が大きい。


narugami4.jpg
城跡遠望

さすがに3日間の訪城はきつかった!


いつになるか分からないけど。。。。。。。。。ガンバって書くのでお楽しみに!
  1. 2013/11/22(金) 18:47:40|
  2. 本日の訪城
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見に来ていただきありがとうございます。
現在の長野県内城跡訪城数は   814城です。

少しずつ増やしていきますのでお楽しみに!
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