長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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辰野町  大城

歩くもよし!車で登ってもよし!の眺めだけが取り柄の烽火台

所在地・・・辰野町大字辰野唐木沢(大城山山頂)               危険度・・・★☆☆☆☆

訪城時間・・・(歩き)40分・(車)10分                      別 名・・・王城

訪城目印・・・禿げた山頂の目立つ山                      訪城日・・・平成10年3月14日



             ~ 大城の歴史 ~

「定本 伊那谷の城」には、

山頂の主郭部は、南北最大12m・東西58mの楕円形の平地で、東側に高まりが見られ、中央にわずかな段差が

認められることから、築造当時には二郭に分かれていたものと考えられる。

主郭部の周りには、幅3~4mの帯曲輪が巡っていて、帯曲輪の東側には一段低い郭と思われる平地、西側には

空堀が一本設けられている。(中略)この地に立てば伊那谷北部に点在する城館跡のほとんどを眼下におさめる

ことができる。まさに伊那谷最北の要衝である。(中略)

大城の名は、龍ヶ崎城跡の城山に対時する大きな城山という意味であろうか。横川川を隔てて立地するふたつの

城山は伊那郡と筑摩郡の交流を抑えるには、まさに要の地である。   とある。

この資料の言うとおり龍ヶ崎城の正面にあることから何らかの関係があったと見るのが良いと思われる。

ただ詳しい資料が無いので城主・所属大名等はわかっていない。



tatunooosiro100.jpg

おおよその縄張りはこんな感じです。。。。  

tatunooosiro32.jpg

登城路は二つあり、一つは林道を車で登る方法、こちらは約15分ほどで駐車場に着く、もう一つは林道の途中に

ある写真の登山道を登る方法である。
 


tatunooosiro31.jpg

今回は林道が雪で通行できなかったので登山道を登って見た。

登山道は、距離があり傾斜も厳しいが、写真のような馬頭観音や地元の方による「大城山山頂まで00m」などの

看板があり迷わず快適に登ることができる。(時間は約40分程度)
 


~ 堀① ~

tatunooosiro15.jpg

尾根にたどり着き尾根上を東に進むと山頂に着くが山頂手前50m程の所に堀①が存在する。 

tatunooosiro11.jpg

tatunooosiro12.jpg

堀①は上幅2m・深さ70~80cmという小規模なもので気を付けて見ないと見落としてしまう。

その他にもう一つあるとされているが今回確認できなかった。
 


~ 帯郭 ~

tatunooosiro1.jpg

本郭の切岸と帯郭を見る。
切岸は高さ8m程あり城のものとすれば立派である。(こんな烽火台に必要だったのかな?) 


tatunooosiro2.jpg

帯郭の北西部分には、土塁状の高まりが見られ、一部は横掘となっていた可能性がある。 

~ 本郭 ~

tatunooosiro8.jpg

tatunooosiro6.jpg

大城の本郭を見る。

現在、山頂(本郭)はパラグライダーの飛行場所となっている為、かなり改変されていると思われ、以前見られた

とされる2つの郭に分かれていた段差は確認できない。

(ピクニックなどにはサイコー!!な場所となっておりますが・・・(-_-;) )
 


tatunooosiro3.jpg

現在、駐車場方面から本郭へはこの虎口状の通路を登って入るようになっていて、わずかながら土塁状の高まり

が見られる、しかし、あまりにもきれいすぎて本当に虎口か疑わしい。

どちらか言えば、帯郭の東側の本郭切岸が低くなっておりわずかな段差があることからこのあたりではないかとも

感じるのだが・・・・・・・どうでしょ。 (>_<) 


tatunooosiro4.jpg

本郭の南側(結構な急斜面)に竪掘があるとされる。
写真のように上から見ると窪んでいるのが確認できるが斜面まで確認することが出来なかった。

こんな場所に本当に必要だったのだろうか?
 


tatunooosiro5.jpg

本郭東側の突端部

そういえば・・・・大城山にはもう一つの呼び方王城の伝説があるんです。。。

辰野町のすぐうしろに高くそびえている山を王城山といいます。

昔、坂上田村麿(さかのうえたむらまろ)が征夷大将軍となって東征したところ、蕗原の里を以前から領していた

親王がいました。この時、親王と田村麿は戦いを交え、親王もその妃も、弓矢を持って奮戦したといわれています

この戦いでどちらかが勝ったかはわかりませんが親王の居城のあったところを王城山と呼び、後、親王の妃を

まつったのが北大出の薬師寺であるといわれています。
 


tatunosooru78.jpg

大城山からの眺め

この伝説に出てくる親王は天皇に復服さない人々で、その人々が大城山に拠って抵抗していたのを、征伐にきた

田村麿(少納言三野王)が反乱軍と戦ったという伝承をもとに伝えられたのではないかと考えられている。。 


tatunooosiro45.jpg

とはいえ、現在の大城は戦国期に構築されたもので写真のようにここからは上伊那の城館が一望でき、この烽火台

の重要性が感じられると思う。

それにしてもこの烽火台は誰によって使われていたのでしょうか?

高所の城に不釣り合いな高い切岸・横掘状の遺構。。。。しょぼい堀切。。。。。?

小笠原? 武田? 保科?  さ~誰でしょうね。 (-。-)y-゜゜゜ 


tatunooosiro34.jpg

ま~。。。そんなことを考えながら山頂でお弁当を食べるのもいいのではないでしょうか。

この城は遺構を楽しむより眺めを楽しみ戦国時代に思いをはせる・・・そんな時間にお勧めです。

気軽に訪れられるのでぜひどうぞ!!!



~参考文献~

山城探訪 上伊那資料編      (宮坂 武男)

定本 伊那谷の城         (郷土出版社      平成6年)
 
辰野町誌             (辰野町誌刊行委員会  昭和63年)

辰野風土記            (日岐 三郎      昭和51年)

上辰野区史            (上辰野区       昭和40年)



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  1. 2012/12/09(日) 22:44:07|
  2. 辰野町
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辰野町  狐城

樋口氏関連城跡

所在地・・・・辰野町樋口山際大久保山                     訪城時間・・・・20分

危険度・・・・★★☆☆☆                             訪城日・・・・平成10年3月28日

訪城目印・・・・伊那辰野停車場線「樋口」交差点


kitune1634.jpg

国土地理院 2万5千分の1地図使用 
周辺城跡配置図

               ~ 狐城の歴史 ~

「定本 伊那谷の城」によると、

狐城について「長野県町村誌」や「樋口家譜」では、戦国期樋口村を治めた樋口氏の物見の城あるいは館跡

と伝えているがさだかではない。ここから尾根伝いに登ると山頂は小式部城跡であることも考えると、

かなり広範囲にわたって城館の機能を考える必要がありそうである。

とあり、信濃史学会編の「信濃中世の館跡」には、

樋口郷の辰巳五町ばかりにあたりて究竟地あり、光安この山に於いて一城を築き居城となす。號して狐城という。

所領の知行八百貫、所謂樋口郷の下田・萬五郎・山際・漆戸・富岡・澤・澤底郷のうち山寺・鹿子屋・日向・

日陰・青山・新井・都合十二箇邑なり。光安子孫繁昌。而して後、居城五町ばかりにて要害の地あり。

ここにまた一城を築き隠居所となして家督を譲り、長子筑前守光忠、東山の城、狐城に齢居す。

光安没後、光忠、光安の隠居所に移り、この城より北五町ばかりに要害の地あり、光忠また一城を築き、

これを内城となす。長男筑前守光信に家督を譲りこの城に居さしめ、二男常陸に東山の城に居さしめ、

富岡・山際の二邑を与える。と樋口家譜に書かれている。

これらによると狐城は、樋口氏の城で光安・光忠などが居住したとされている。しかし、比高が低いとはいえ

山の上にあるこの城に常時住んでいるはずはなく「伊那谷の城」にあるように樋口氏の物見の城であったと

いう方が適しているように感じる。

なお城名にある狐は、見張所や見張りをしていた人に使われることが多く、狐は夜行性なので昼夜関係なく見張っ

ていたことを意味しているようである。


                ~ 狐城の現状 ~

kitune1928.jpg

この図に沿って紹介していきます。 

~ 平地 

kitune42.jpg

尾根の先端部にこのような山道の入り口がある。
この山道を50mほど登ると二又に分かれる、左へ登ればこれから紹介する平坦地へ、そのまま真直ぐに登っていく
と狐城の下を通り小式部城がある尾根へ通じる山道へとなる。
 


kitune12.jpg

先ほどの道を登ってくるとこの緩い傾斜のある平坦地の梅園に着く。
ここは尾根の突端にあり後方のピークに狐城が存在する。
狐城の本郭は狭いのでもしかしたらこの場所に兵士の小屋があったのではないのだろうか。
 


kitune16.jpg

kitune14.jpg

この梅園の西側に土を盛り小山を造って石碑を祀っている場所がある。
ここには物見櫓でも建っていたのであろうか。
 


~ 帯郭 ~

kitune30.jpg

平地の尾根を南にたどるとこの帯郭にたどり着く。
この帯郭は本郭の北側と東側を守るように巡らされている。
 


kitune32.jpg

先ほどから見えている切岸は本郭のもので高さは4mほどの立派なものである。 

~ 堀① ~

kitune19.jpg

堀①は、帯郭の北東斜面に竪掘として落とされている。

kitune20.jpg

東尾根には小規模ながら堀切は設置されているのに何故かこの北東尾根には竪掘が一本のみとなっている。
図を見ると掘切となっていた可能性もあるが、反対側には堀があった痕跡は確認できない。
それとも下に小屋掛けの平場があるために必要を感じなかったともとれるが・・・


~ 堀② ~

kitune23.jpg

東尾根にある城跡唯一のまともな堀切を見る。。。。が横から見ないとほとんど気付かない程度である。 

kitune24.jpg

堀切の規模は上幅3m・深さ40~50cm程度で土塁を伴わないものでどの程度の遮断線としての効果があったかは
疑問である。
 


kitune27.jpg

どうみても段郭にしかみえないけど・・・・これで大丈夫だったのかな~?

~ 本郭 ~

kitune66.jpg

本郭内部を見る。
内部は低い段差により3段に分けられているが用途は不明である。
(一部は常緑樹の籔となっており一番高い東側土塁は撮影出来なかった)
 


kitune63.jpg

本郭の縁部には北側の一部を除いて土塁が築かれていて、帯郭がある東側が最も高く2m、その他は30cm~1m
となっている。


kitune67.jpg

本郭の形はゴマ型をしており西側はとんがった先端部分のようになっていて土塁が両側からすぼまってきている
ことが見える。


kitune65.jpg

本郭西斜面下から見上げた本郭切岸。 

kitune55.jpg

本郭西下には唯一というべき?遺構が残っていて郭とされているが良く見ると横掘のようにも道跡のようにも
みえる。
このすぐ下には小式部城へ続くきれいな山道が通っているのでこれへの備えともとれるが・・・・・
備えは欲しい場所ではあるが素人なので判断出来ず。。。。。(-_-;) 


kitune44.jpg

狐城の遠望
城の裏の尾根の窪みは深い沢が食い込んでいる場所で山道は天然の土橋となっている。
 


kitune41.jpg

周辺緒城と狐城の遠望

狐城・・・・・いまさらですが読み方は「きつねん」ですのであしからず。

いかがだったでしょか、狐城は上伊那十三た騎に名を連ねる樋口氏に関係の深い城で、近くにある樋口内城の
物見の城であったと思われる。

山は現在荒れ放題となっているが山道は良く残っていて比高も低いので訪れやすい城跡となっています。
遺構もきれいなのでお勧めですので是非訪城して見て下さいね!!!!



~参考文献~

山城探訪 上伊那資料編  (宮坂 武男)

信濃中世の館跡      (信濃史学会  平成11年)

定本 伊那谷の城     (郷土出版社  平成7年)

樋口区の歴史拾い話    (高井 宗雄  平成16年)

辰野町誌         (辰野町    平成2年)
  1. 2012/12/06(木) 09:48:53|
  2. 辰野町
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見に来ていただきありがとうございます。
現在の長野県内城跡訪城数は   814城です。

少しずつ増やしていきますのでお楽しみに!
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