長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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生坂村  丸山集落跡

今回、地権者の方の御好意により丸山地籍へ行くことが出来ました。

一番の目的は生坂村誌にある「丸山殿屋敷」「入山殿屋敷」「矢殿」の城郭地の探索でした。

お付き合いいただいたのは地権者の方と地権者の御友人そして。。。。

ブログ「らんまる攻城戦記」の管理人であられるらんまるさまにお付き合いいただきました。

とても過酷な状況な中、地権者の方、ご友人、らんまるさまにはお付き合いいただき貴重な体験

をさせていただきとても感謝しております。

改めてお礼を言わせていただきます。  ありがとうございました. (●^o^●)  



所在地・・・・・生坂村丸山            

訪問方法・・・・・地権者との交渉が必要(私有地なので必ず許可をとること)

廃村時期・・・・・昭和30年後半から40年前半

現状・・・・畑・藪


maruyama4.jpg

国土地理院2万5千分の1地図使用(横尾峠~丸山集落跡)

 ①横尾峠頂上ゲート 

maruyama2.jpg

横尾峠の頂上部には、ゲートが設けられ関係者以外は入ることが出来ない。
(写真は、ゲートを開けている地権者の方です。)
この生坂村の池沢から丸山までの林道は丸山集落の住人による最後の公共事業で
この林道が完成したのと同時に住人は集落を下り廃村となったとのことです。
 


maruyama99.jpg

maruyama6.jpg

峠から下りた集落手前の丘陵地を見る。(地図②)
現在は、玉ねぎの種を採る為の畑が広がっている。
 


maruyama69.jpg

この地からは岩殿山も見える。 

 ③丸山集落跡 

丸山集落は、三方を高い山に囲まれており、通称入山渓谷と呼ばれていて細長い谷間の斜面の中段に存在した。
丸山・入山には平家落人伝説があり、落ちてきて隠れ住むには外界との交流もなくうってつけの場所である。
この事とを裏付けるように丸山集落は自給自足の生活であったらしい。


maruyama45.jpg

丸山集落は牧場開設の為に廃村となったので、家屋などはほぼ取り壊されて存在しないが、二軒のみ確認出来る。 

maruyama14.jpg

この二軒の廃屋は、廃村となった後も村を離れることを良しとしなかったご老人が残ったらしい。
(このご老人は100歳近くまでここに住んでおられたようであるが、二軒とも現在は廃墟となっている)
 


maruyama43.jpg

丸山集落から見る横尾峠 

 牧場跡 

maruyama099.jpg

maruyama55.jpg

村を廃村にまでして造った村営の牧場であったが、ブタを肉食獣に襲われたり、採算の悪化などにより
経営が続かず経営者が何回か移ったがやはり続かなかったようで廃業となってしまった。
 


 地図④牧場跡 

maruyama9.jpg

maruyama10.jpg

かつては牛が放牧されていた牧場跡の斜面である。
集落があった頃は渓谷の谷底へ続く傾斜地で段々畑が造られていた。
この段々畑に沿って入山経由込地方面への道が通っていて重要な生活道でもあったようである。
(なお、一番目の目的地である殿屋敷はこの斜面の中段に存在した)
 


 集落跡にある石仏 

maruyama17.jpg

maruyama16.jpg

集落内にある神社跡と境内の祠。
現在は神社は倒壊してしまい、基礎部の木のみ残っている。(神社の名前は忘れてしまったとのこと)
 


maruyama11.jpg

maruyama12.jpg

丸山集落内の井口氏墓所をみる。
丸山集落の住人はすべて井口氏であり、丸山集落は日岐の丸山氏発祥の地とする説に疑問を持ってしまう。
 


maruyama34.jpg

集落跡の外れにある石仏群をみる。
ここには筆塚や庚申塔などが建てられている。
 


 お気に入りショット 

maruyama39.jpg

かつての放牧地には丈の大きな木は育っておらず大きな木が一本立っている風景はなんかきれいでした。 

maruyama13.jpg

生活の痕跡がうかがえる味噌を炊いた鍋。
人が生活していたんだな~と想像するのも楽しいものです。
かつては丸山集落では映画の観賞会があると近隣の村々から山を越えて180人ほどが集まったほど賑わっていた
という。
現在の景観からはとても想像できないことで、時代の移り変わりを考えさせられた。
 


 集落関連 

maruyama21.jpg

集落から放牧地脇を通っている道が沢筋へ下って行く古道を見る。
この丸山集落は三方を山と沢に囲まれている要害の地であり横尾峠とこの古道を抑えてしまえば
簡単には集落に近付くことはできない。 
伝承にあるような武士が隠れ住むには絶好の場所である。
 


maruyama23.jpg

集落がある台地を囲むように存在する深い沢を見る。
(古道はこの沢を越えて通っている。) 


maruyama24.jpg

入山へ続く峠への斜面にあるかつての段々畑跡をみる。
「なばたけ」地籍である。 


maruyama18.jpg

maruyama28.jpg

丸山集落と入山集落の中間にある峠「おねのこし」(字はわからないとのことである。)
古道はこの峠を越えて入山を通って込地(清内路方面)に抜けている 。
この先の古道は沢の崩落などが進み矢殿までは消滅している。
 


この先は険しい道が続く・・・・(矢殿まで行きました。)
(入山殿屋敷・丸山殿屋敷・矢殿は城跡として後で紹介します。)  


maruyama7.jpg

maruyama8.jpg

丸山から矢殿までは深い沢・崩落地・沼地・竹藪などがあり方向を見失いやすいので安易に入ることはお勧め
しません。
もし、行くのであればこの地に詳しい方の案内や綿密な計画が必要であることを忠告しておきます。
なお、清内路から矢殿まではきれいな道が通っているので行くことは出来ます。
 


丸山集落をお伝えしてきましたがいかがでしたでしょうか?
集落がメインでの訪問ではなかったのであまり詳しく書けませんでしたがこの地に人が住んでいた。。。
その歴史の存在が伝わったらうれしいです。

この訪問(探検?)にご同行いただいた方々また地権者との仲介をして下さった方々には改めてお礼申し上げます。 


~参考文献~

生坂村誌  (生坂村誌刊行会  平成9年)
  
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  1. 2012/08/03(金) 17:31:44|
  2. 廃村
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