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長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

安曇野市(旧明科町)  こや城

塔の原城関連城館

所在地・・・・安曇野市明科中川手                      訪城時間・・・・5分

危険度・・・・★☆☆☆☆                            別 名・・・・小屋城・小谷城・明科城

訪城目印・・・・城山公園             

訪城日・・・・2009年12月3日・2011年3月13日・2013年4月6日


発掘経歴・・・・昭和53年11月22日~12月12日(国鉄篠ノ井線複線化に伴う路線変更による発掘調査)


                ~  こや城の歴史 ~

明科町教育委員会刊行による「こや城遺跡』発掘調査報告書内でのこや城についての考査を参考にまとめると、

鎌倉時代の初めに筑摩郡に進出した小県郡の海野氏の一族である塔ノ原氏が塔ノ原城を築き、小笠原氏の家臣と

なっていたが、小笠原氏が武田氏に敗れると武田氏に降り天正10年(1582)に武田氏が滅び、旧領を回復した

小笠原貞慶に塔ノ原氏が滅ばされるまで、会田口や生坂口への押えとして監視哨または番所的役割をもって構築

されていたものと思われ、塔ノ原氏滅亡時に廃城となったようである。

また、こや城に関する古文書では、

元禄11年に中川手村から松本藩主水野家に報告した古文書には、「こや山古城、本城北南十四間、東西六間。

ニのくるわ、北南三十三間西東六十七間、城主存じ奉らず候」とある。

その他、信用が置けない文書には小笠原氏の部将、榛葉代の説があるようであるが、報告書は否定している。


akasinakoya2 (6)

こや城から見た、こや城主居館の久保殿屋敷と高野氏・矢花氏・丸山氏が守った押野城

こや城主について書いてあるものはほぼ皆無であるが、「明科町誌」では、

天正9年(1581)の「御祓くばり日記」の中に見える中級武士で、慰斗二十本、茶三袋をもらっている久保志摩が

城主で久保殿屋敷に普段居住してこのこや城を守ったものとしている。

なお、久保志摩はこの地の土豪で関氏であったようである。


             ~  こや城の現状 ~

akasinakoya32.jpg

この図面に沿って紹介していきます。

akasinakoya2.jpg

現在の城山公園入り口で、往古はこや城の大手口であった。

この大手口の手前、現国道の場所には堀切があったとされていて道の建設により消滅したようであるが、


akasinakoya21.jpg

akasinakoya21 (2)

国道の橋の付け根部分には、堀③とした竪掘状の窪みが見える。これが掘跡だとは断定できないが、一応載せてみた。

~ 堀② ~

akasinakoya13.jpg

入り口から20~30mほど細尾根を進むと、傾斜の緩い北側に向けて竪掘が落とされている。

akasinakoya13 (2)

この竪掘は麓まで落とされており、敵が緩い斜面の横移動することを防止している。

~ 堀① ~

akasinakoya8 (3)

堀②からさらに進むと本郭手前には、写真のように両脇に落とされた竪掘①が現れる。

この城の堀が、堀切とされていないのはこの城ののる尾根が細く敵が一気に攻めてこれない為、両脇を竪掘として

削るだけで防御としては足りていたのであろう。


akasinakoya8 (4)

落とされている竪掘①を上から見る。

akasinakoya8 (2)

この竪掘①は、竪掘②よりさらに長く落とされていて現在中腹にある遊歩道を越え、麓にある慈光院跡まで

落とされていていかにこの城にとってこの堀が重要だったか分かる。


akasinakoya8 (6)

慈光院跡から堀①を見上げると、窪みが2本見えもしかしたらこの竪掘は二重だった可能性がある。

(上からは分かりずらい)


~ ①(本郭) ~

akasinakoya10 (3)

郭①(本郭)は、城山の最高地点にあり25×11の広さの平坦地である。

ここはきれいに削平されていて(公園化のための可能性も)土台石とされる平たい石があるとされるが、

確認できなかったがもし、礎石があったとすればかなり遅くまで使用された可能性もでてくるのではないだろうか。


akasinakoya10.jpg

郭①から東側下にある郭②(二の郭)を見下ろす。

akasinakoya3 (3)
akasinakoya3 (2)

郭①(本郭)の北側の切岸には、麓を流れている会田川の川床から持って来たと思われる石積みが見られる。

この北側斜面は、こや城で唯一土が露出しており更に、傾斜が緩いことから土止めと威嚇を兼ねて構築された

のではないだろうか。また、ニの郭から慈光院跡へ降る道沿いにも石積みが見られる。


~ 郭②(二の郭) ~

akasinakoya6.jpg

郭②(ニの郭)は広大で40×140(破壊部分除く)の広さがあり、東側先端には城山稲荷(小谷稲荷)が祀られる

三角形の平坦地が付属していて通称「こや」と呼ばれている。

明治にこの平坦地は全面、桑畑に開墾されたとされていて、この平坦地にある凹凸がどこまで城のものか判断が

つかない。(写真奥の高まりは、郭①(本郭)の切岸)


akasinakoya6 (3)

ニの郭の東側先端部にある城山稲荷がある三角形の郭。

この郭は会田川の流れにより全面絶壁となっているが、先端部にはけもの道ような下へ降りる道が付けられていて

もしかしたら、会田川へ水を汲みに行く道として使用された可能性がある。

また、この城山稲荷は報告書によれば城の存在していた頃にもあったようで城の守り神であったようである。


akasinakoya6 (4)

国鉄により破壊されたニの郭北側部(発掘箇所)

この箇所での発掘出土遺構としては、階段状の石積み(川原石)と浅い溝状の遺構などであるが、発掘箇所が郭の

端で部分的であったので使用目的が分かっていない。また、出土遺物としては内耳鍋・青磁・釘・碁石などで

生活痕が見られることからここにも屋敷のようなものがあったのであろう。


akasinakoya11.jpg

akasinakoya11 (5)

旧明科歴史資料館に展示されていた出土物

今回の発掘では、穀倉跡と見られる方形竪穴遺構や不整方形の竪穴が出土し石臼や穀粒が沢山見られた。

この穀粒などは炭化しており戦時に備えた穀倉が何らかの理由により火災にあい焼失したものと考えられている。


akasinakoya2 (4)

城山稲荷のある郭から見た茶臼山城

会田川を挟んだ対岸には茶臼山城の麓を通過した会田への旧道が通っており、茶臼山城と共に塔ノ原城の支城とし

て共にこの街道を押さえていたのであろう。


~ その他 ~

akasinakoya2 (8)

こや城の北側麓には慈光院跡の平坦地がある。

ここには数年前まで、慈光院の建物があったがいつの間にか解体されていた。


akasinakoya2 (10)

この慈光院跡には、御膳水と呼ばれる井戸があり現在は、ニの郭の木々の水やりに使用されているようで蛇口が

付けられていてちゃんと見ることは出来ないが、城の水の手の一つであったものと思われる。


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こや城南側の会田川を挟んで対岸から城山稲荷のあるニの郭先端部の絶壁を見る。

こや城の自然の険しさをを利用した要害堅固さが伝わる部分である。


akasinakoya739.jpg

こや城全景と茶臼山城を見る

さあ、いかがだったでしょうか。

こんな小さな砦に長々と書きすぎだ!!と怒られそうですが。。。。。。。

こんな小さな砦にも意外に見どころがあることをお伝えしたくて。。。。結構この城好きだし。。。(>_<)

まあ、興味をもってくれた人は隅々まで見て回ってこの城を好きになって下さいね。

次回は、こや城の城主の居館である久保殿屋敷をお送りしますのでお付き合いください。



~参考文献~

山城探訪 松塩筑資料編    (宮坂 武男)

明科町史           (明科町史刊行会   昭和59年)

こや城遺跡発掘調査報告書   (明科町教育委員会  昭和54年)



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  1. 2013/04/06(土) 22:56:20|
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