長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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飯島町  トヤゴ城

遺構は良く残るのに何故か歴史は伝わらない。。。。。良くあるよね。

所在地・・・・飯島町大字飯島鳥居原                                    訪城時間・・・・10分

危険度・・・★★☆☆☆

訪城日・・・・2010年11月23日・2012年11月30日


*城跡の南側は絶壁の為、遺構の調査には注意が必要です。


toyagosiro0861.jpg
この図面に沿って紹介します。

トヤゴ城は天竜川へ与田切川が合流する左岸の断崖上に構築されており、与田切川に面しては数十mの段崖で天竜川のあ

る東面も急な崖になり岬状に突き出た段丘の先端部に存在する要害堅固な城である。

与田切川の対岸1.5㎞の地点に飯島本城があり、城主城歴などは不明ながら片桐氏の一族である飯島氏に関係するものと

考えられる。


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城跡へは近年開通した伊南バイパスからの側道から与田切川崖沿いの畦道を辿ると城跡へ着くが、かなり分かりずらい。

toyagozyou1 (6)

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堀①を見る。

畦道を歩いていると突然現れる堀で、上幅2m程度・深さ1mに満たない小規模なもので山城探訪の縄張図を見て期待して

いたのでガッカリする。

でも。。。。。まあ行ってみるか。。。。。


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堀①と堀②の間の郭

この城跡の不思議な所は、堀①・②とあるがこの堀に繋がっていたであろう北側の堀が見当たらないのである。

想像すればこの畦道が僅かに窪んでいるのでこれが掘かな。。。。。。とも考えるが、そうなると城内の郭の幅が2mほど

しかないのである。


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堀②(入ることは不可能な程の籔である。)

与田切川側の崖が崩れて城域が狭くなったとも考えられるが。。。。。。往古はどの程度の広さがあったのであろうか。

今では想像するしかないのであるが、これがまた想像すら許さないほどの籔・籔・籔でほぼ城内を見ることは不可能な

状態である。


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堀②と堀①の間の郭

ここも藪が酷く内部がどのようになっているのか分からない。さらに畦道すらも藪が覆い始めており本郭への道筋をなお

困難なものにしている。

この城の役目を推測した資料によると、武田氏支配時代に天竜川の水運が重視されるようになりこのトヤゴ城も川沿いの

立地に注目されこの水運を監視する役目を担っていたのではなかと問題提起している。


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堀③

堀③は他の堀とは大きく違い上幅30m・深さも北側は十数mはある巨大なものである。


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東側の天竜川へ向かう堀は竪掘として落とされているが、かなり巨大なものである。

この堀に関しては、水路が城内に引水さていて水の手としてありこの水の流れを利用して堀が掘られたと考えられている

のでこの部分から流された水が天竜川に落とされて巨大になったのではないだろうか。


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西側に繋がる堀は相変わらず籔が酷くすべてを見ることは出来ないが、確認出来た部分だけ書くと、堀②と堀①の間に

郭がありその郭からは土橋によって郭①(本郭)へと繋がっていることが見えたが、写真はとても撮れる状態ではなかった。


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本郭の虎口

堀①を土橋で渡ると土塁で防御された虎口へ至る。


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toyagozyou5.jpg

虎口は約1.5mほどの高さの土塁で守られているが土塁は北側に回って行くと徐々に低くなり西北隅部から約3mほどの場所

で土塁は無くなってしまう。

この土塁は急に無くなるのではなく、徐々に低くなっていくことから耕作などで削られたわけではなく元からこのような

構築のし方であったものと考えられる。

これは堀①の北側は深さ・幅共に数十mの規模があるから必要性を感じなかったのであろう。


toyagozyou5 (2)

本郭は100×35mで紡錘形をしていて削平は丁寧にされている、かつては先端部から本郷と飯島を結ぶ古道が天竜川畔に繋

がっていたというが、現状は籔が酷くそこまで確認することは出来ないし、獣臭が強く残っていたのでサッサと退散した

のであった。


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堀①の場所から見下ろした与田切川

絶壁でこちらからの攻城は不可能であることが実感できる。


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天竜川の対岸、県道18号線からみたトヤゴ城

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与田切川の対岸より見たトヤゴ城

トヤゴ城はいかがだったでしょうか。

初期には飯島氏により構築されていた城を、天竜川の水運に目を付けた武田氏が天竜川畔へ繋がる本郭部分のみ改修を

加えたものと想像する。

堀①・土橋・虎口などが武田氏によるものと思われるがこのまま忘れられて籔に埋もれていく運命のトヤゴ城。。。。。

これが土の城に課せられて運命なのであろうか。。。。。結構好きな城跡なんだけど籔が不気味なんだよな~ (-_-;)


~ ついでに。。。。 ~

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城跡へ繋がる畦道から見た2010年11月の建築中の伊南バイパス

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2012年11月に城内堀①から見た完成し開通が近い伊南バイパス
結構城跡を回っていると、このような新しい道路の建築を見るが何十年後の補修費用まで考えに入れて造っているのか

疑問に感じることがあるがどうであろう。。。。これから人や車は減っていくのに・・・・・

そんな金があるなら少しでも城跡の草刈りに回してくれても。。。。。いいじゃん!



~参考文献~

山城探訪  上伊那資料編         (宮坂 武男)



大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )
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  1. 2013/12/21(土) 15:02:25|
  2. 飯島町
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駒ケ根市  白山城

中沢氏関連の城館か。。。。謎の城

takamikozyou8.jpg
城館配置図

所在地・・・・駒ケ根市中沢中割                       訪城時間・・・・5分

危険度・・・・★☆☆☆☆    (周辺は民家・畑地が密集しているので、配慮が必要)

訪城日・・・・2012年2月12日


nakazawatakamisiro5.jpg

この白山城は、詳細な城歴が分かっていなく伝承も伝わっていない。

ただ、この地を城畑と地元では呼んでおりかつてここに城が存在していたことが窺える。

白山城の城名は、郭①に白山社が祀られていたことに由来するようで本当の城名ではないようである。


nakazawatakamisiro5 - コピー

671.jpg
郭①を北側から見る

郭①の先端部(北側)は、切岸状になっているがこの城全体が耕作されたようで改変箇所が多いので、可能性的に

高いのは畑を造る為に削ったと考えるのが妥当であろう。もしかしたらこのあたりに段郭があったかもしれない。


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682.jpg

郭①の形状は三角形で丁寧に削平されている(神社の境内地にする為の削平とも考えられるが)

また郭内には社があり由来を記したような碑が建てられている。

「御神玖頽破元粶三年考祖茂兵衛再勸請鎮家護地明治四十三年四月有故村社香花社合祀社址」

と刻まれているが良く読めない。。。。。。。香花社に合祀したことだけは分かったけど。


692.jpg
堀①

現在はこの白山城のある台地へ登る為の通路となっていて、この通路による窪みかと思ってしまうが、


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通路となっていない奥の方まで同じ幅(約3m)で続いていることと、郭①側には土塁が付属されていることから

この場所が堀切として構築されたことが分かる。


696.jpg

郭②は実質的な主郭で、広大な面積を持つ。

現在は耕作放棄地となり荒れている。また隅には墓地があり遺構らしいものは見られない。


705.jpg

この白山城の立地としては段丘崖面を西側に持ち、東側には街道を挟むように高見城と向かい合っている。

この事から高見城と共同で街道を押さえていた城跡であると考えらるが、高見城が対面にある為か西側の防備が弱

く街道との比高差は約3~4mである。

城郭遺構からは城というよりも中沢氏の一族や重臣が居館として構築されたような印象を受ける。


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堀②を見る

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東側の段丘面は傾斜が緩い為に帯郭が構築されている。

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白山城から見た高見城の櫓台

至近距離に構築されていることが分かり、大声を出せば聞こえるくらいである。


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白山城から見た曽倉の城山(鉄塔が2本建っている山)

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白山城の遠望


無名の城・不明の城主・発掘で見つかった館。。。。歴史が伝わらない城跡が数多くあるこの地域に興味が尽きな

いもので毎年通っているが中々コンプリート出来ていない。

今年も通わなくては。。。。。。無名の城を探し出す旅は続くのである。  (#^.^#)



~ 参考文献 ~

山城探訪 上伊那資料編          (宮坂 武男)

駒ケ根市教育委員会発行の発掘報告書各種
  1. 2013/12/08(日) 20:24:42|
  2. 駒ケ根市
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11月30日・12月2日の訪城結果

みなさん知ってました?佐久の平尾山には5ヶ所の城跡があったの。

平尾城・平尾山砦(平尾富士砦)は有名ですがそれ以外ってなんでしょ?

それを確認してくるために11月30日は平尾山を6時間かけて歩きまわってきました。



saku.jpg
平尾山に存在する城砦群の配置


11月30日の訪城
平尾山城砦群其の1 

見晴らしサイコ~物見の砦・・・・平尾山砦(平井富士山頂)


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平尾山山頂に構築されている平尾山砦は、平尾氏の烽火台・物見の砦として使われたことは疑いのないことである

が、山頂の本郭には縁部を取り巻く土塁や帯郭・堀切が見られただの物見の砦でもないような仕様になっている。


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本郭から見た前衛の砦達

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本郭の北側の尾根に構築された堀切

東側に続く尾根にも堀切が見られ、白山から続く尾根のピークにも堀切が一本(宮坂氏の図には記載なし)が

見られ規模は従来考えられているものより大きかった可能性を感じた。



広大な城域に天然の岩場を巧みに取り入れた見事な城跡・・・・平尾城(秋葉山)

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平尾城の本郭

周囲には土塁や虎口と見られる切れ目があり戦国末期まで使用されたことが窺える。

また小学生手作りの看板が随所に見られ保存にも力が入れられていることも感じられた。


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南西尾根先端部に近い最後の堀切。(自然の岩を使用した立派なものである)

平尾城は広大で南西尾根・西尾根が長く麓まで伸びており、この尾根それぞれの先端部まで遺構が見られる為に

すべて見ようとするとかなりの体力を消耗する。

しかし、もう行きたくないのですべての尾根の先端までの遺構を見て来たぞ。 (-_-;)


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西尾根(大手)の尾根の先端部に残る二重堀切の一つ(奥には南西尾根が見える)

各尾根には段郭や堀切・岩を使用した切岸が見られる。

在地土豪の城にしては出来すぎている感じがし、もっと大きな勢力が関与したのではないだろうか



無名なのに。。。。。。素晴らしい!!・・・・白山砦(白山山頂から尾根先端まで)

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平尾富士登山口(パラダスキー場により一部消滅)

この白山砦を始めて知ったのは、佐久市埋蔵文化財年報3(1995年刊行)でスキー場造成時の発掘された時の

もので一本松砦(平尾公園造成)・下伴助砦(佐久パーキングエリア造成)と共に書かれている。

これ以外のものでの資料では見たことが無かったので、佐久市教育委員会に詳細な地図を送ってもらい今回、

調査してきたぞ。


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遺構が集中する山頂部と発掘で遺構が確認された場所の位置

発掘により遺構が確認された尾根先端部と山頂部との距離がハンパない。

先端部と山頂部の間は未確認であるが、本当にこんなに城域が広いのだろうか。。。。。。。

それとも会田虚空蔵山城みたいに段郭と尾根部など主要部に遺構を散らす築城形式だったのだろうか。

先端部の発掘では段郭と石積みと中世の遺構が確認されているので城の遺構であることは間違いないのであろうが。


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現地で書いてきた清書仕掛けの図面だが遺構が良く残っていることは感じていただけるかな。

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白山砦から見下ろした平尾城

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東尾根最後の堀切

自分が確認できた堀切は全部で5本で、規模的には立派なものが多くこの白山自体が険しく岩がむき出しの所が多く

岩を掘り割っているものもありこの砦の重要性が窺える。



消滅したのか?・・・・・・一本松砦

ipponnmatu003.jpg
一本松砦の遠景

この一本松砦も公園造成で初めて発見された砦で、段郭と石積みが確認されている。

しかし、現在は何故ここに砦を壊してまで必要だった?と思うような古ぼけたアスレチック場となってしまっていた。


ipponnmatu001.jpg

本郭だったのだろうか今はアスレチックの展望台が建つ(木材が腐ってしまっていて使用禁止になっていた)

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砦の遺構だろうか?一応、段郭の一部らしい部分も見られたが。。。。。


これもか。。。。。。下伴助砦

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下伴助砦遠望

この砦も佐久パーキングエリアに伴う公園造成により発見された砦で、段郭と石積みが確認された。

人の手により土を動かした跡や中世の陶器片が確認されていて、この段郭と石積みが平尾山山頂に向けて見られる

ようである。


simobannsuke002.jpg

砦に伴うものと見られる段郭を見る。

平尾山城砦群を見て来たが、この山中に未だに確認されていない砦が眠っている可能性もまだまだあるかもね。


12月2日の訪城結果

この日は会社が休みだったので友達と難関な城を攻めてみようと挑戦してきたぞ。


絶対無理!やはり宮坂氏は神だった。・・・・・・・朝日ヶ峯城(塩尻市・辰野町境)    途中断念

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今回、木曽義仲の隠れ城と伝承される朝日ヶ峯城を目指し、国道19号線から牛首峠(旧中山道)を越え写真の

林道桑崎線へ向かった。

朝日ヶ峯へは、この林道を通り現在は廃村(お一人住んでいるとされるが牛首峠が冬季は通行止めとなる為、

冬季以外に住んでいるようである)を越え坊主林道を終点近くまで行き、ここから城ヶ平まで直登するという

過酷なも工程である。

宮坂氏の山城探訪では桑崎集落跡まで車で行けるとの情報であったが、既に林道入り口で普通車は侵入不可能な

くらい道が荒れておりここから歩く羽目に。。。。。(-_-;)

(四駆や軽トラなら可能。途中に軽トラと3台ほどすれ違ったので・・・・結果人は入っているようで山もきれいであった)


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崩れ落ちた民家

林道入り口からこの桑崎集落までは、歩いて1時間ほどかかった。

集落以降の林道は素晴らしくきれいで、集落までの道さえ何とかなれば普通車すら通行出来そうである。

(もちろん未舗装であるが、集落内は舗装されている部分もあり廃墟の中には民宿の看板もあったので、

少なからず往時は観光するような場所があり泊まりに来る客がいたのであろう。)


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村で祀っていたであろう稲荷社も倒壊していた。

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また、村の外れにあった鎮守の神社も倒壊しており遠いい昔に廃村になったことが窺えた。

ここで銃声が近くに2発聞こえ凍りつく!


このあたりから心が折れ始める。。。。。(-.-)

地図を見ても。。。。。あと・・・・・林道を3時間ほどか・・・・そこから山を・・・・1時間30分・・・・・

今の時間は・・・10時・・・・・山上で14時30分・・・・遺構を見て15時・・・・・・帰路の林道入り口まで・

4時間30分・・・・・・・・・今日中に戻ってくるの無理!   あ~あ・・・・(涙)


すると勢いよく軽トラが林道を下ってきた!!!!!!!!

荷台には。。。。。


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死亡したイノシシが。。。。。。さっきの銃声はこの人か。。。。。

このおじさん曰く、城ヶ平まで歩いて行くことは無理で、更に林道途中にはゲートがあり奈良井営林署の許可が

必要と教えていただいた。

はい!終わった~。。。。この1時間30分歩いたのは何だったのか。。。。(-_-メ)

トボトボ歩きながらつぶやく「やっぱジムニーほしいな。」・・・・・嫁の怖い顔が浮かぶ。。。。

しかし、ただでは休みは終われないのだ!



意地で登ったぞ!・・・・中塔城(安曇野市)    再訪


去年の10月にらんまるさんと訪城していたが、写真がブレブレでとても記事にできる状態ではなかったので

すでに廃村探訪(笑)で足がプルプルしていたが、悔しさをバネに登ってきた。


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前回同様に南側の尾根から登り始め(今回は鉄塔の保守道を使用)、鉄塔まで約50分・・・既に死んでいる。

ここから険しい岩場がある尾根を登って行くと、城域に入る手前には写真のような自然の岩場を使用した堀切が

見られる。


nakatou004.jpg

尾根上に辿りつくと、削平地が見られるようになり段郭が始まる。

今回は季節がよかったのか間伐がされており、遺構が素晴らしく良く見えた。


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本郭にある祠でここに小笠原長時の居館があったようで、ここからは遺物が出土している。

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今回、一番の関心事項であった本郭裏の堀切から300mほど進むと殿様水と呼ばれる水ががあり現在でもこんこんと

水が湧き出しているという記述の場所を探し出すことであった。

一応、尾根を登ってみると300m~400mの間に写真のように地面から水が湧き出している場所を確認したが、

こんこんと湧き出していない所が引っかかるが、ここから更に100m登ってもここ以外に水がたまっている所は

確認することが出来なかった。

なのでここが殿様水であると納得し下山したのであった。(自己満だけど・・・・)

それにしてもやはり中塔城は辛い!!!



これで長野県内の城館跡の訪城数は・・・・814城(もちろん再訪は入ってませんよ。)になりました!

記事にはいつなるのであろうか。。。。苦悩は続く。
  1. 2013/12/05(木) 19:36:28|
  2. 本日の訪城
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11月23・24日の訪城結果

11月23日は長野市七二会にある陣馬平トレッキングコースと萩野城へ行って来たぞ!

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すべては地蔵峠から始まるが。。。。。いきなり雪が積もっており車はノーマルタイヤ(汗)ヒヤヒヤものでした。


高山に残る美しき城跡・・・・萩野城(長野市七二会)

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萩野城の本郭

この時期だからなのか雑木はほぼなく素晴らしい遺構を堪能出来ました。


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本郭からは正面にアルプスの雪化粧が見られ大はしゃぎ!(^^)!

ここの城主であった春日氏も見てたんでしょうね~。


haginosiro001.jpg

春日氏の開基とされる知足院があった知足院集落と萩野城を遠望


陣馬平の尾根上を見張る砦・・・・葭雰神社物見(長野市)

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地蔵峠から尾根上のピークを3つほど越えるとこの葭雰神社が鎮座する砦跡となる。(約2㎞程度の距離)

神社は珍しい造りで古墳のような感じであるが、これも戦国期にも存在したのであろうか?

周囲は削平されており物見とはいうものの結構な兵数を駐屯出来る広さである。


yosikirizinnzya 003

物見砦の南西尾根には堀切が一本見られる。また東側の尾根には犬戻りと呼ばれる急な下りとなりこちらは防御が

必要ないほどの急さである。


yosikirizinnzya 001

物見砦からは戸隠方面が一望でき絶景であった。


山城探訪にも無かったぞ!・・・・朝日城(長野市)

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朝日城の本郭

周囲は高さ約1mほどの土塁で囲まれており、虎口のような切れ目も見ることが出来る。

この城は宮坂氏の山城探訪にも記載が無く、トレッキングコースのパンフレットに記載があったので行ってみた。

それにしても地蔵峠からここまで遠かったな~。

尾根上を約3㎞(往復6㎞・約3時間半)途中ではハンターに会うし、道は険しいし。。。。。。

冬じゃなければ車でこれたのも悔しいし。(中腹を車道が通っております。)


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本郭の周には切岸と帯郭(横掘にも見えるが。。。)が見られる。

この先にある波田古城は時間の都合上、泣く泣く諦めたのでその内挑戦してみよ。


11月24日

この日は、らんまる攻城戦記のらんまるさんのご案内で千見城(再訪)と尼飾城へ行って来たぞ。

土の城への衝動の管理人の五遁さんも久しぶりにご一緒できて楽しかったし、充実した一日でした。




やっぱ素晴らしかった!多くの戦国武将を見て来た城・・・・・千見城(大町市)  再訪

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千見城の本郭と大土塁

前回に訪城したのは。。。。12年の10月の終わりにらんまるさんと馬念さんとで天気が良すぎていい写真が撮れ

なかったのが心残りだったが、今回お誘いいただき更にいい感じに曇ってくれて大はしゃぎ!


sennmi002.jpg

尾根上にある二重堀切の一つ

sennmi001.jpg
千見城の出郭に残る堀切

この出郭に行くのは相当のマニアかアホか、という位に細く険しい道を行く。。。。。僕らはマニア?アホ?



ず~っと行ってみたかったんだ~・・・・尼飾城(長野市)

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尼飾城の本郭

いつも見上げて心が折れて。。。。。そんなことを繰り返していたこの山・・・・やっと登ったど~。

皆様のおかげでございます (*^^)v


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城跡から十国峠方面を見る。

でも意外に登山道は整備されてるし、人とも会うし思ったよりきつくなかったのも意外だった。


amakazari002.jpg

こんな高く険しい山上にこんな防備必要だったのか疑問に思うほど念を入れている堀切。

真田の幸隆さんに攻められた東条氏も必死だったんだな~と浸ってみました。


ご一緒していただいたらんまるさん・五遁さんありがとうございました。

記事はいつかは分かりませんが。。。。。。
  1. 2013/12/04(水) 22:09:03|
  2. 本日の訪城
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プロフィール

ていぴす

Author:ていぴす
見に来ていただきありがとうございます。
現在の長野県内城跡訪城数は   814城です。

少しずつ増やしていきますのでお楽しみに!
写真にはこだわっていきます!

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