長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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安曇野市  高登屋物見

青柳氏南端を見張る物見台

nezumi.jpg
高登屋物見周辺の砦分布図                    国土地理院2万5千分の1地図使用


所在地・・・・安曇野市明科東川手池桜高登屋 ・ 筑北村西条高登屋

訪城時間・・・・伊切分校跡から約1時間(不寝見屋敷からは、20分)、池桜からの道もあるようです。

訪城日・・・・2012年4月1日


~ 立地 ~

池桜集落の北、高登屋山の神の山で、東は筑北村の八塚沢、西は安曇野市の矢下沢に挟まれた尾根上の小山で、

両側が険しくなっている。

北500mにたかうちば物見があり、東へ300m行けば不寝見屋敷に至る。

このあたりは山深い所であるが、筑北村・生坂村・安曇野市の境界が集まる所で、善光寺街道の山道に沿って、

筑北地方と川手地方を結ぶ山道があり会田氏・日岐氏・青柳氏の勢力の境目となった地域である。


takatoya98.jpg
この図面に沿って紹介していきます。           国土地理院2万5千分の1地図使用

takatoyamonomi1 (18)
土橋状の尾根を見る。

不寝見屋敷から尾根を西側へ進み、大持峠を越えてさらに尾根を辿るとこの土橋状の細尾根へ出くわす。

この細尾根から約100mほどで高登屋の物見になることから人工的な防御施設とも感じられる。


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朽ちた旗台と物見が構築されている岩がむき出しの険しい小山を見る。

正徳4年(1714)の「萬覚書帳」に古城として「高とや」とある。

伝承で、浮州が森と呼ばれこの地が海だった頃この峯だけが浮いていたという。平安時代末期までこの峯は筑摩郡と

更級郡の境で見張り番がいたという。


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立派な鳥居が建つ郭③

takatoyamonomi1 (8)
上から見下ろした郭③

この郭③の下部は岩がむき出しの急斜面で、道以外は登るのが困難であり鳥居の建つこの平場は唯一の防御施設とも

考えられる。この平場を押さえる事により安曇野市と筑北村を繋ぐ山道の往来を遮断することが可能である。

現在でもこの尾根を繋ぐ山道は、きれいに残っており遊歩道かと感じるほどである。


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鳥居の建つ郭③から見た山の神

物見のある小山の頂上は、尾根続きの北側を除き登坂困難なほどの急斜面に囲まれておりとにかく険しい!

takatoyamonomi98.jpg
沢を挟んで東側300mにある不寝見屋敷を遠望

「明科町史」では、この高登屋物見の番兵が居たと考えられる場所を2ヶ所挙げている。

①考察として「たかうちば同様に青柳氏の最南端の物見砦で、番兵は鼠屋敷にいたものであろう」としている。
 
②「(前略)南の下の沢をまたぎ沢といい番兵のいた所と思える。」としている。

どこにいたというのは断定が出来ないが、不寝見屋敷の時にも書いたが不寝見屋敷にいた者が、この周辺の物見を

管理する元締として青柳氏から任されており、たかうちば物見の番兵が沢沿いにあった一石という部落にいたと言われて

いることから、高登屋物見の番兵もまたぎ沢にあった部落に住み不寝見屋敷の者の配下として詰めていたものと考えられ

るのではないだろうか。


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郭②から郭①に建つ山の神を見る。

物見砦の構築された尾根上の小山の山頂部は2段に分かれており、一番高い部分に山の神が鎮座する。

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訪れる人もいなくなり荒れるに任せる状態の山の神

この山の神は、潮沢三山神の一つで古いものとされているが、周辺の集落に人がいなくなり参拝者も途絶えてしまい

荒れ果てている。年に何人の人が来るのであろうか。。。。。。。郭②にあった舞台は倒壊し痕跡だけになってしまって

いる。

この山の神の鎮座する一段高いこの平場が物見台の役割をしていた場所であろう。


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郭②を見る。

郭②は細長い形状をしていて削平もしっかりしているが、先端部に舞台の跡があることから神社造営時に削平された

可能性もあるが、物見の砦として存在していた頃にはここは番兵の小屋掛場であったであろう。


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小山の先端部に残された倒壊した舞台跡

周辺の集落が人で賑わっていた頃には、祭りがあればここで舞が行われていたのであろうが、現在となっては。。。。

見る影もなく。。。。時代の移り変わりと虚しさを感じるのであった。


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舞台跡から見た生坂方面

この小山からは、日岐氏の城跡が構築されている岩洲公園一帯が見渡す事ができ、常時ここから日岐氏の動向を監視

していたのであろう。


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たかうちば物見へ続く尾根道を見る。

高登屋物見からさらに西に尾根を辿るとたかうちば物見へ行く事ができるが、写真のように尾根は人工か自然かは

分からないが土橋状の細尾根がカーブを書くように続いており、この山一帯が天然の要塞のような険しさをもっている。

しかし、昔の人達はこの険しい尾根道を生活道として日々往来をしていたと思うと。。。。今の生活って贅沢だよね。

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搦め手側の尾根続きを見る。

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山ノ神の裏に残された祠

この祠の祀神の名を知っている人はあとどれだけいるのだろうか。

山奥の人が訪れず荒れるにまかさている山ノ神を紹介・・・・・・・じゃなくて物見の砦を紹介してきましたがいかがだった

でしょうか。

S級・A級の城址も魅力的ながら、人が見向きもしないC級・D級の砦を紹介するブログも必要ですよね。。。。

これからも忘れさられるであろう砦を紹介していきますのでお楽しみに。


~ 参考文献 ~

山城探訪          (宮坂 武男)

明科町誌          (明科町誌編纂委員会)
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  1. 2014/06/17(火) 03:02:19|
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現在の長野県内城跡訪城数は   814城です。

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