長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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池田町  まま子落としの伝説

池田町陸郷に伝わるまま子落としの伝説を紹介したいと思います。

この伝説は田ノ入城に関係するものである。


               ままこ落とし

むかしむかし、東山の高い所に田の入城という山城がありました。

そこには太郎丸という母のいない若君がおりました。


tanoiri99.jpg

ある日のこと太郎丸に、おりくという二度目の母君がこられました。

太郎丸はうれしさのあまり、おりくのひざもとへかけよりました。おりくは太郎丸の手をとって、

「そなたが太郎丸か?今日からはこのおりくがそのたの新しい母じゃ、そなたはたいへん良い子じゃと

聞いていたが年はいくつになったのかな?」

「五歳でございます。」

「そうか、本当にかしこい子じゃ、お父上のように立派な殿様にならなくてはいけませんよ。」

と、やさしげに言いました。

所が、次の年におりくは男の子を産みその名を次郎丸と名付けました。

おりくは次郎丸を見ているうちに、次郎丸がかわいくなり太郎丸を邪魔に思うようになりました。

(なんとかして次郎丸をこの城の城主にしたいものだが、太郎丸がいたのではそうもいくまい。)

おりくは毎日このことを考え続けていました。

ある暑い日、おりくは城の裏の崖のそばで涼んでいました。


tanoiri12.jpg

現在の田の入城の崩落地

その時、急に崖の下から吹き上げてきた強い風にあおられて、もう少しで崖下に落ちそうになりました。

おりくはその瞬間あることを思いつきました。

(そうだ、この崖へ太郎丸を落としてしまいさえすれば、この城は次郎丸の物になるぞ。)

おりくは自分の心の恐ろしさを感じながらも今日こそは、今日こそはと太郎丸を崖から落とす機会を

狙っていましたが、夏が終わり、秋も終わりに近づいてしまいました。

おりくは何とかして太郎丸をだます方法はないものかと考えたすえ、やさしげに言いました。

「太郎丸殿、あの空一面に飛んでいるあきつ(トンボ)を見てごらん、取ってみたいと思わないか?」

「はい、とても欲しゅうございますが、太郎丸には中々捕まえられません。」

と、太郎丸は甘えるように言いました。


hikisiro104.jpg

下生坂から見た田の入城とままこ落とし

「それはそうよのう、では誰にも内緒でたくさん取れる所を、このおりくが教えてしんぜよう。」

「本当でございますか、母上それはどこなのでございますか?」

太郎丸は目を輝かせて尋ねました。

するとおりくは、太郎丸の耳元で小さな声で言いました。

「よいか、あすの朝、日の出の頃にそっと裏の崖をのぞいて見るがよい。前の日に太陽で暖められた岩はだに

何千何百とも知れぬあきつ(トンボ)の大群が羽を休めているに違いない。」

ここまで聞いた太郎丸は、おりくの顔を見上げて心配そうにもう一度たずねました。

「母上、あの崖のあきつ(トンボ)が太郎丸に捕まえられるのでございましょうか?」

「ああ、捕まえられるとも、あきつの羽が朝露で濡れているうちは飛べないのじゃ。」

次の朝、太郎丸は夜明けと共に裏の崖へと出かけて行きました。


mamako7.jpg

そして、おりくの言ったとおり崖のはしに腹ばいになって下をのぞくと、切り立った絶壁の岩肌が見えない

ほど真っ赤なあきつ(トンボ)の群れが止まっていました。

(うわーすごい!)

母上の言ったことは本当だ。

そう思った太郎丸は息を止めて、小さな手を力いっぱい伸ばしてあきつの羽を捕まえました。

その瞬間、後から付いてきたおりくは、鬼のような顔になって太郎丸を崖に突き落としました。


「わぁー」という叫び声を残して谷底へ落ちて行った太郎丸は犀川から立ち上る朝もやの中へ消えて行きました。

mamako5.jpg

現在のままこ落とし

それから間もなくして太郎丸が居なくなったことに気付いた城の内外では、夜になっても

太郎丸を呼ぶ声が山にひびきました。

険しい谷間のことなので太郎丸の姿は中々見つからないまま秋も深まり冬が近づいてきました。

そして初雪が舞い始めた数日後、板に乗せられた太郎丸は氷のように冷たく無残な姿になって

城に運び込まれてきました。

かわり果てた太郎丸の真っ白い手には色のあせたあきつがしっかりと握られていました。

いまでもこの崖を、まま子落としと呼んでいます。


田の入城にまつわるまま子落としの伝説はいかがでしたでしょうか?

城にかかわる伝承などは近年忘れられることが多くなってきています。

このブログではこのような伝承・伝説も多く取り上げ伝えていこうと思っております。


mamako4.jpg

また最近では、このまま子落としの土柱の上にあった三本の松が土柱の風化により倒れてしまった。

という新聞の記事がありました。

この土柱もどんどん風化が進んでいるようなのでその内無くなってしまう運命のようです。

土柱の風化が進んだからといってこの伝承が風化してもいいわけではありません。

ぜひ伝えていってもらいたいものです。



~参考資料~

池田町ホームページより

出典 あづみ野池田の民話  (平林 芳子)
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  1. 2012/08/24(金) 10:51:28|
  2. 伝説
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

自然の脅威ですなあー

そういえば塩尻市にある北熊井城の詰城である本城(?)も地滑りによる崩落で往時の主郭や周辺の遺構が消失されたみたいですねえー。
平地は住宅化による人工的な破壊、山間部は自然の力による破壊・・・。
誰かが記録しないと記憶は永遠に閉ざされます。
500年間の風雪に耐えた山城が1000年残る保証は何処にも無いんですものねえ・・・(汗)
  1. 2012/08/26(日) 23:01:59 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

Re: 自然の脅威ですなあー

> そういえば塩尻市にある北熊井城の詰城である本城(?)も地滑りによる崩落で往時の主郭や周辺の遺構が消失されたみたいですねえー。
> 平地は住宅化による人工的な破壊、山間部は自然の力による破壊・・・。
> 誰かが記録しないと記憶は永遠に閉ざされます。
> 500年間の風雪に耐えた山城が1000年残る保証は何処にも無いんですものねえ・・・(汗)


らんまるさん ありがとうございます。
そうですね~。
山は地滑り・平地は開発・・・と伝承の消滅・・・過疎化・・
どんどん城跡めぐりが大変になっていきますね。
早く回らなくては・・・・!
みんなで頑張りましょう!
  1. 2012/08/27(月) 08:55:20 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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