長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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松本市   浅田城

所在地・・・・松本市北内田字浅田           訪城時間・・・・0分
別 名・・・・なし                       危険度・・・・★☆☆☆☆
訪城目印・・・・桃昌寺近くの水田


                       ~浅田城の歴史~

『私本信府統記』によれば応永2年に浅田三郎義景がこの城を築き在城する。天文20年(武田氏に)降参し武田家
家臣城伊庵に属した。浅田城に天文25年より曽根原孫右衛門が在城するとあり、『私本信府統記』の内田八幡古城の項には曽根原孫右衛門と云う者、城伊庵の婿にて浅田城に居住する。元来仁科の人なり、天文22年仁科没落後、城伊庵に属す。とあり、『信濃戦国時代史』に浅田城主について先祖浅田忠長・長政兄弟木曽義仲に従う。
天文の初め浅田長康、その子長寧が武田氏の攻められその子長周と共に栗林村に退去廃城す。とある。
(塩尻市の北熊井城周辺での戦いなどは報告されているものの浅田城周辺での戦いは伝えられていない、この二冊の資料の武田氏に攻められたという記述は何を指しているのか不明。)                                        現在城跡には昭和11年建碑の浅田城碑が建っている。


                 ~城跡の現状~

IMGP1867.jpg

浅田城跡に建つ城址碑む~立派だ~♪

IMGP1865.jpg

でも・でも・でも~こんなの読めるわけね~・・てね。漢文は読めません(^_^;)

IMGP1868.jpg

碑と水田のアングル、こうゆうの大好き♪

IMGP1869.jpg

跡の現状は、水田と水路があるのみで遺構は確認できていない。
この為に城の存在自体を疑問視する意見もある。


IMGP1870.jpg

城があったか無かったかは置いといて・・・ここにはロマンがあるのだ~・・・てね


~参考文献~

片丘村誌 (片丘村誌編纂委員  昭和60年) 

山ふところの里 内田めぐり (内田公民館)
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  1. 2012/04/25(水) 14:06:01|
  2. 松本市
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<松本市   林六郎屋敷 | ホーム | 松本市   横谷入城>>

コメント

片丘村誌秀逸ですね。
  1. 2013/06/14(金) 05:24:02 |
  2. URL |
  3. かたおか #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。
片丘村誌だけでなく各地にある町村誌は、色々な伝承・歴史を多く拾っており
重要な文献と呼べるものとなっていると思います。
大切にしたいものですね。
  1. 2013/06/15(土) 02:34:56 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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