長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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塩尻市  西條城①

「西條城砦群」   府中小笠原氏南方の要を守る比高400mの指令塔 

nisizyou50.jpg
国土地理院 2万5千分の1地図使用

所在地・・・・塩尻市塩尻町下西条                 訪城時間・・・・(麓から)120分・(嵐城から)40分

別 名・・・・城・城ヶ嶽・塩尻城                     危険度・・・・★★★★☆

訪城目印・・・・慈光院から登る                   訪城日・・・・2010年4月10日          



          ~ 西條城の築城経緯 ~

寳徳元年(天安6年)4月29日、諏訪上社と下社が合戦となり、5月10日には下宮がが敗れ社殿などが上社方に焼か

れてしまった。そこで、下宮方は、井川(府中)小笠原持長を頼った。

持長が下宮方に協力する事となったことを知った上宮方の大祝 諏訪信満は小笠原持長に対応する為、松尾の小笠

原長宗を頼った。これに対して小笠原長宗は承諾し兵を整えて府中へ侵入した。

これを聞いた(府中)小笠原持長は小笠原長宗・諏訪信満軍を迎え撃って、8月24日 桔梗ヶ原南端において

戦ったが、(府中)小笠原持長・下宮方が敗れ井川城へ逃げ帰った。

しかし、諏訪信満・(松尾)小笠原長宗方も相当の損害があり、追撃することが出来ず撤退した。

この敗戦により南方に脅威を感じるようになった府中小笠原氏は、城ヶ嶽に西條城を築くこととなり持長の二男

宗則を城主として守らせることとした。(塩尻町誌)


nisizyou71.jpg

西條城は標高1199mにある城ヶ嶽(洞峰)に存在する。

             ~ その後の西條城 ~

西條城と特定出来る文献は現在発見されていないが、西條城と推定されているものとして、

天文6年(1537)2月、諏訪頼満の孫 諏訪頼重を大将とする諏訪勢が塩尻へ押し寄せ、赤木・吉田に放火した。

この内容が「神使御頭之日記」に書かれており、「この年2月2日塩尻へ指し寄せ、赤木・吉田まで放火候、

刑部頼重大将初めてに候。同10月13日塩尻の城 刑部頼重責め落とされ候。」とある。

この中に出てくる頼重に責め落とされた「塩尻の城」が、小笠原一族が抑えていた西條城ではないかとされる。

(だだ、塩尻町誌では高所にある西條城がそんな簡単に責め落とされるはずはなく、北東にある平城の高須城

(桟敷城)ではないか?としている。)

その後は文献には出てこなくなる。塩尻周辺は天文17年(1548)年に起った塩尻峠の合戦で小笠原氏が武田氏に

よって敗退したことで支配権が武田氏に移ったことにより、西條城は自落もしくは武田氏により攻め落とされた

ものと推定される。

なお、この西條城主とされる小笠原閑斎は、小笠原氏府中陥落後の天文19年(1550)の野々宮合戦に参戦している

ので西條城は自落したとも考えられるのではないだろうか。


nisizyou44.jpg

嵐城の後方尾根から見た西條城のシルエット

              ~ 西條城主について・・・ ~

西條城主については不明なことが多くほとんどの資料には小笠原閑斎くらいしか書かれていないが、

「塩尻町誌」は多くの文献を研究されているので長くなるが参考になるので記載したいと思います。

読むのが面倒な方は飛ばして下さい。。。。。。(-.-)


nisizyou48.jpg

本郭から見た塩尻市街地(眼下には支城の嵐城・上の山城が見える)
冬以外は周辺の木々に葉がありきれいに見えないようなので、真冬がお勧めです!!!!! 


検証文献

 吉澤翁の著「信陽雑誌」に宝徳元年小笠原光政 西條家を襲い西條城主となるとあり。私按之(しあんこれ)は

宗則の誤りならん宗則と光政とは叔父甥の間柄なれどこの宝徳元年頃は光政は生後わずかに2・3歳にして宗則は

壮年なればなり。尤此(もっともこの)光政は叔父宗則の後を継ぎ次代の西條城主なり。


「笠系大成」に小笠原持長の次男 遠江守宗則より則長・道長・宗春 西條城主たり。

又、天文年間小笠原閑斎西條城主たりとあり。私按(しあん)、この中で道長・宗春の名此外に見えず、或は

光政 光保(別名呼・法名呼ならんか)


「溝口家記」に持長次男 近江守宗則 法名喜高、其(その)子長門守 正月13日於松尾討死

(正月13日松尾において討死)、其子中務少輔 法名號道意其弟 式部少輔 法名號閑斎是迄

(これまで)にて畢(おわ)りぬとあり。


nisizyou120.jpg

小野にある霧訪山烽火台から見た西條城

「小笠原譜代門葉集居城分限」の内に左記あり。(尤も此の書にはあまり信をおけぬものであるが)

一高  五百貫文  紋・丸の内に萬字  小笠原閑斎  三拾騎


中村仲琮著、「蕗原拾葉中」に西條家臣、大田兵庫・大田源六居城す、後天文年間 西條次郎長斎居城す

西條城主たりとあり。(歳は利の誤り也・閑は簡の誤り也)


「信府統記」に洞の城主 洞伯耆との口碑ありとあり。

(私按に之は前掲人名中に洞を氏称し伯耆を名乗りし者ありしならん。


ある古文書に嵐城(中西條山古城)に中島玄蕃・平城(上ノ段の館)に宮坂彌三郎 之に據(よ)るとあり。

又、口碑に中村左近正 之(これ)に居ると云う。

(私按之等は何れも西條家小笠原家の臣下にして城代なりしものならん。


上西條村正徳年中の書上帖に簡斎 剃髪して一口観音堂(今の慈光院)に居るとあり。

nisizyou1145.jpg


以上の文献を総合研究して次の如く西條城主を推定す。

西條城主

第1代     小笠原遠江守宗則 ( 孫次郎 ・ 入道喜高 )

井川城主小笠原持長の次男也 即ち小笠原清宗の弟なり宝徳年間西條城主となる。 洞に居館す。


第2代     西條長門守光政 (後に則長 ・ 中務少輔 ・ 七郎 )

井川城主小笠原清宗の次男也 前城主宗則の甥也 西條家を襲ひ西條を氏称とす。 洞に居館。


第3代     西條長門守光保  七郎 ・ 中務少輔 )

2代城主光政の嫡男也 天文元年正月13日松尾登城の登上、毛加澤に於て伊那定基(本姓 小笠原)の兵の襲撃

に遭い下條時氏と共に戦死す之れ迄は洞に居館ならん。

但しこの代頃、南方には伊那、北方には仁科、水内の地にて連年戦争ありしに依り支族たる光保等も多くその

方面に滞陣し、西條には城代を置きしか。


第4代     西條貞保 (入道道意 ・ 小笠原七郎 ・ 中務少佑輔 )

3代城主光保の嫡男なり按ずるに此代頃に嵐城を修め、本城となし其城麓「上ノ段」へ居館せるならん小笠原長時

と共に中塔に籠城し殊(こと)に同城物主に推挙せられたるも其の後不明。


第5代     西條頼貞 (後に長利 ・ 入道簡斎次郎 ・ 式部少輔 )

4代城主貞保の弟也 大手に居館す、即ち今の慈光庵 天文17年塩尻峠敗軍にて桔梗ヶ原一帯西は洗馬・今井

東は内田迄武田氏に降りし為、同年西條城を棄てて林(小笠原本家)へ退きたりものなり、

この簡斎 天文20年野々宮合戦にて手を負い長時と共に中塔籠城したるも其の後不明。


これらの他に道長・宗春も西條城主とあるがその他の資料には記載なく詮考なしとある。

また2代城主光政において西條家を襲い西條を氏称とす。とあるが按ずるに西條には鎌倉時代に豪族西條氏

あり、西條家を襲いとは此故き西條氏を継襲したるの意ならんか。とある。




以上、長くなってしまいましたが、西條城主と西條城についての文献資料を書いてきました。

確実な文献が見つかっていない現在、推測であるが少しは参考になればいいと思います。。。。!(^^)!


次回は・・・・西條城の遺構についてお送りしていきますので。。。。お楽しみに! 



~参考文献~

塩尻町誌     (大森 利球冶 ・ 三澤勝衛 共著 昭和12年)

塩尻地史     (堀内千萬蔵            大正14年)
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