長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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塩尻市  飯縄城①

西條城砦群最大の要塞

所在地・・・・塩尻市塩尻町上西条                      訪城時間・・・・慈光院館から30~40分

危険度・・・・★★★☆☆                            訪城目印・・・・慈光院

訪城日・・・・平成10年4月10日・平成12年11月11日



nisizyou50.jpg
国土地理院 2万5千分の1 地図使用

              ~ 飯縄城の歴史 ~

「信府統記」に「上西条山古城地、上西条村ヨリ巳午(南南東)ノ方二十五町」、「小笠原簡斎居住アリシト云イ

伝ウ」とあるのがこの城を指すものと思われ、城の名前は堀内千萬蔵氏が「今仮に飯縄城」といったことによる

もので城の尾根上から東に分かれて突出する尾根上部に祀る飯縄権現社にちなんで名づけられたものと思われる。

塩尻市誌にはこの飯縄城の構築年代を、不規則な小削平地を無数に設けるなど縄張りにまとまりが感じられない

ので15世紀末期~16世紀初頭の構築と推定することが可能である。ただし三城とも土塁や空掘等は、戦国末期

ころに改修されたものと思われる。(中略)飯縄・嵐・西條の三城は構築された時期には多少のずれがあるにせよ

一体となって機能して、16世紀末期まで使用されたものと思われる。

その用途は、小笠原氏の在地支配の拠点であったと推定される。とある。



               ~ 飯縄城の現状 ~

IMG_0003 - コピー (2)

飯縄城は他の2城と違い広大な城域と段郭・堀切をもつ地域の中心的な造りの城となっている。 

iituna6.jpg

2回の訪城時の登城路
この城への明確な道はなくとにかく比高190m・斜度40度の急斜面を直登するしかない。
1回目の訪城で納得のいく写真がなかったので、先日写真を撮り直しに登ってきました~ (^v^)


842.jpg

今回は1回目の訪城と違う斜面を直登しましたが、やはりどこを登っても急斜面です。 

850.jpg

どの斜面を登ってもこの城の特徴である、写真のような腰郭状の削平地が無数にあり、敵に備えている。

iituna4.jpg

飯縄城は城域が広いので、3つの区画に分けて紹介していきたいと思います。 

~ B地区 ~

iituna2.jpg

この地区は。。。。。最初の訪城では堀①に登り着いたのでその下の郭・堀が未調査となってしまった。
そして先日の調査では・・・・A地区から登り、、、方位磁石を忘れ。。。なぜか同じA地区の尾根を下ってしま
い下りてから間違ったことを気付くという不手際をしてしまい、B地区の未調査区をまたも調査出来なかった。

準備不足と一回訪れているという油断・・・・反省せねば。


気を取り直して。。。。一部のみですが紹介していきます。 

~ 段郭 ~

iituna84.jpg

iituna83.jpg

B地区北側斜面(推定大手側)にはおびただしい数の大小の削平地が構築されており、大手を守っていたようであ
り、急斜面と合わせて厳重な防備となっている。

城跡の斜面を登りなれていない方は、絶対登らないように!!! 
バランスを崩したら真っ逆さまに落ちてしまいますよ~。


~ 郭① ~

iituna85.jpg

郭①の切岸を下の帯郭から見る。(高さ2m程度) 

iituna86.jpg

郭①内部を見る。
内部は藪が酷く詳細は確認できないが、丁寧に削平がなされている。
 


~ 堀① ~

iituna120.jpg

堀①上部から堀を見下ろす。 

iituna129.jpg

iituna123.jpg

堀①を横から見る。
上幅6m程で堀底から本郭側は深さ3m程度あり厳重に尾根を遮断している。
B地区は未調査区の図を見てもわかるように堀切と段郭が多用されている。
これはB地区の尾根筋が麓の居館を回り込むようになっており傾斜が緩い為、敵の侵略を一番受けやすいことから
この厳重な防備を設けているように感じる。


iituna124.jpg

この堀①を越えると尾根は急な登りとなり城の中心部C地区へ入っていく。 

~ B地区のその他の遺構 ~

iituna121.jpg

郭①の北側にある帯郭

iituna163.jpg

B地区とC地区の間の斜面にある「赤嵐」と呼ばれる竪掘状の窪みを見上げる。
このスーパー急な竪掘状遺構を登れば直接城の中心部に入れるのでこれが大手道とも考えられるが、
現状は登ることはほぼ不可能なほど急であるが、城が存在していた頃はどうであたろうか、A,B地区の尾根に
守られたこの場所は登城路としては最適のようにも感じられるが・・・


iituna191.jpg

居館跡の慈光院の裏から線路を越えて沢筋に入るとB地区の尾根の真下の沢に水が湧き出ている。
これが飯縄城の水の手と考えられ、ここから城内に汲み上げていたものと考えられる。
 


iituna345.jpg

B地区の尾根を貫通している線路。。。。
居館からはこの線路を越えて行きますが、キノコ山管理用の道が尾根筋にあるようですのでこちらの方が楽に訪城出来るようです、大手道を行きたい方は線路を越えて下さい。



さあ。。。。尾根を間違えてしまい詳しく調査出来なかったためにうすーい記事になってしまいましたが。。。

次回は、


iituna134.jpg

B地区から見たC地区の尾根

そう、C地区をお送りします!!
こちらは隅々まで調査してきましたのでお楽しみに!!!! 
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  1. 2012/11/12(月) 16:13:30|
  2. 塩尻市
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

進化した縄張図

ほほう、縄張図の書き方も進化しましたねえ~。
さすがでございますなあー(笑)

嵐城が落ちる事を想定した縄張りみたいですね。
それにしても写真撮影の為にこのような過酷な場所にある城に再度挑むとはビョーキの極みかと(汗)

それにしても今年は冬将軍が早すぎる!!
小谷攻めは12月に持越しますが、どうなることやら(笑)
  1. 2012/11/15(木) 21:59:43 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

Re: 進化した縄張図

らんまるさん いつもコメントありがとうございます。

今週の小谷の進軍楽しみにしていたのに、残念です。
今年は雪が早いですね。。。。筑北は頑張りましょう。

飯縄城は、削平地が特徴で斜面という斜面には必ずあり、
ここまで必要だったのか?と思うほど大量です。

次回記事にするC地区の段郭は圧巻でよくぞ400年以上たっても
こんなにきれいに残っているものだと感動しました。

塩尻市内では、武居城の遺構は優れたものでありますが、
規模・削平地では飯縄城が一番お勧めであります。

なお。。。病気はお互い様ですよ。。。(笑)
  1. 2012/11/15(木) 23:45:33 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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見に来ていただきありがとうございます。
現在の長野県内城跡訪城数は   814城です。

少しずつ増やしていきますのでお楽しみに!
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