長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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辰野町  狐城

樋口氏関連城跡

所在地・・・・辰野町樋口山際大久保山                     訪城時間・・・・20分

危険度・・・・★★☆☆☆                             訪城日・・・・平成10年3月28日

訪城目印・・・・伊那辰野停車場線「樋口」交差点


kitune1634.jpg

国土地理院 2万5千分の1地図使用 
周辺城跡配置図

               ~ 狐城の歴史 ~

「定本 伊那谷の城」によると、

狐城について「長野県町村誌」や「樋口家譜」では、戦国期樋口村を治めた樋口氏の物見の城あるいは館跡

と伝えているがさだかではない。ここから尾根伝いに登ると山頂は小式部城跡であることも考えると、

かなり広範囲にわたって城館の機能を考える必要がありそうである。

とあり、信濃史学会編の「信濃中世の館跡」には、

樋口郷の辰巳五町ばかりにあたりて究竟地あり、光安この山に於いて一城を築き居城となす。號して狐城という。

所領の知行八百貫、所謂樋口郷の下田・萬五郎・山際・漆戸・富岡・澤・澤底郷のうち山寺・鹿子屋・日向・

日陰・青山・新井・都合十二箇邑なり。光安子孫繁昌。而して後、居城五町ばかりにて要害の地あり。

ここにまた一城を築き隠居所となして家督を譲り、長子筑前守光忠、東山の城、狐城に齢居す。

光安没後、光忠、光安の隠居所に移り、この城より北五町ばかりに要害の地あり、光忠また一城を築き、

これを内城となす。長男筑前守光信に家督を譲りこの城に居さしめ、二男常陸に東山の城に居さしめ、

富岡・山際の二邑を与える。と樋口家譜に書かれている。

これらによると狐城は、樋口氏の城で光安・光忠などが居住したとされている。しかし、比高が低いとはいえ

山の上にあるこの城に常時住んでいるはずはなく「伊那谷の城」にあるように樋口氏の物見の城であったと

いう方が適しているように感じる。

なお城名にある狐は、見張所や見張りをしていた人に使われることが多く、狐は夜行性なので昼夜関係なく見張っ

ていたことを意味しているようである。


                ~ 狐城の現状 ~

kitune1928.jpg

この図に沿って紹介していきます。 

~ 平地 

kitune42.jpg

尾根の先端部にこのような山道の入り口がある。
この山道を50mほど登ると二又に分かれる、左へ登ればこれから紹介する平坦地へ、そのまま真直ぐに登っていく
と狐城の下を通り小式部城がある尾根へ通じる山道へとなる。
 


kitune12.jpg

先ほどの道を登ってくるとこの緩い傾斜のある平坦地の梅園に着く。
ここは尾根の突端にあり後方のピークに狐城が存在する。
狐城の本郭は狭いのでもしかしたらこの場所に兵士の小屋があったのではないのだろうか。
 


kitune16.jpg

kitune14.jpg

この梅園の西側に土を盛り小山を造って石碑を祀っている場所がある。
ここには物見櫓でも建っていたのであろうか。
 


~ 帯郭 ~

kitune30.jpg

平地の尾根を南にたどるとこの帯郭にたどり着く。
この帯郭は本郭の北側と東側を守るように巡らされている。
 


kitune32.jpg

先ほどから見えている切岸は本郭のもので高さは4mほどの立派なものである。 

~ 堀① ~

kitune19.jpg

堀①は、帯郭の北東斜面に竪掘として落とされている。

kitune20.jpg

東尾根には小規模ながら堀切は設置されているのに何故かこの北東尾根には竪掘が一本のみとなっている。
図を見ると掘切となっていた可能性もあるが、反対側には堀があった痕跡は確認できない。
それとも下に小屋掛けの平場があるために必要を感じなかったともとれるが・・・


~ 堀② ~

kitune23.jpg

東尾根にある城跡唯一のまともな堀切を見る。。。。が横から見ないとほとんど気付かない程度である。 

kitune24.jpg

堀切の規模は上幅3m・深さ40~50cm程度で土塁を伴わないものでどの程度の遮断線としての効果があったかは
疑問である。
 


kitune27.jpg

どうみても段郭にしかみえないけど・・・・これで大丈夫だったのかな~?

~ 本郭 ~

kitune66.jpg

本郭内部を見る。
内部は低い段差により3段に分けられているが用途は不明である。
(一部は常緑樹の籔となっており一番高い東側土塁は撮影出来なかった)
 


kitune63.jpg

本郭の縁部には北側の一部を除いて土塁が築かれていて、帯郭がある東側が最も高く2m、その他は30cm~1m
となっている。


kitune67.jpg

本郭の形はゴマ型をしており西側はとんがった先端部分のようになっていて土塁が両側からすぼまってきている
ことが見える。


kitune65.jpg

本郭西斜面下から見上げた本郭切岸。 

kitune55.jpg

本郭西下には唯一というべき?遺構が残っていて郭とされているが良く見ると横掘のようにも道跡のようにも
みえる。
このすぐ下には小式部城へ続くきれいな山道が通っているのでこれへの備えともとれるが・・・・・
備えは欲しい場所ではあるが素人なので判断出来ず。。。。。(-_-;) 


kitune44.jpg

狐城の遠望
城の裏の尾根の窪みは深い沢が食い込んでいる場所で山道は天然の土橋となっている。
 


kitune41.jpg

周辺緒城と狐城の遠望

狐城・・・・・いまさらですが読み方は「きつねん」ですのであしからず。

いかがだったでしょか、狐城は上伊那十三た騎に名を連ねる樋口氏に関係の深い城で、近くにある樋口内城の
物見の城であったと思われる。

山は現在荒れ放題となっているが山道は良く残っていて比高も低いので訪れやすい城跡となっています。
遺構もきれいなのでお勧めですので是非訪城して見て下さいね!!!!



~参考文献~

山城探訪 上伊那資料編  (宮坂 武男)

信濃中世の館跡      (信濃史学会  平成11年)

定本 伊那谷の城     (郷土出版社  平成7年)

樋口区の歴史拾い話    (高井 宗雄  平成16年)

辰野町誌         (辰野町    平成2年)
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  1. 2012/12/06(木) 09:48:53|
  2. 辰野町
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

ここも狐城ですか

「きつねんじょう」っていえば明科町の砦かと思いました。
キツネもネズミも隠語でしたよね。
ミッションインポッシブルのハシリだったんでしょうか(笑)
失敗したら打ち首獄門ってところかな・・・(汗)

我々は攻城戦が失敗しても狐の化かし合い(笑)
「そんなところに城があるとは思えなかった」(爆)

相変らす見事な写真でございます。
お互い単独遭難だけは避けないといけませんネ(汗)
  1. 2012/12/07(金) 22:13:39 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

Re: ここも狐城ですか

らんまるさん いつもお世話になっています。

城跡を巡っているとキツネ・ネズミは確かに多いですね。
それだけ物見の砦が多く築かれたってことでしょうか。
ネズミ・キツネの地名を見ると反応してしまいます。

写真はこだわってますんでね。。。。。って
ただ、文書能力が無いので写真でしか伝える手段が無いだけですが。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる的に撮りまくってますんで
たまにいいのがあるんです。
  1. 2012/12/08(土) 11:34:46 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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