長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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松本市  三才山城①

明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いします。 

新年の第1弾は・・・・・・・松本市の三才山峠の抑えとして構築された三才山城でございます。

写真はかなり前のものですが、城跡・館跡の紹介を2回に分けて書いていきたいと思います。

お付き合いください。。。(-。-)y-゜゜゜


IMG_0001_20130105202948.jpg
国土地理院 2万5千分の1地図使用


所在地・・・・松本市浅間温泉三才山小日向                 危険度・・・・★★★★☆

別 名・・・・秋葉様                               訪城時間・・・・40~50分

訪城目印・・・・小日向集落内に説明板あり。                訪城日・・・・2008年11月15日


misayamasiro10 (2)

                ~ 三才山城の歴史 ~

三才山城は、歴史には基本的に出てこない小さな砦であり、記載されている文献も少なく詳細な歴史は分からない

が記載文献の内容を挙げてみる。

「信府統記」には「三才山古城地」として、

「三才山村ヨリ丑寅ノ方二十四間 本城ノ平戌ヨリ辰へ二十四間 未ヨリ丑へ七間0此所一説御射山ト云ウ是諏訪

御射山ヲ勧請セリ當地モ赤澤氏ノ領ナレハ彼要害二ヤ」とあり、

「東筑摩郡誌」の「三才山砦址」には、

「本丸の平 東西二十四間・南北七間なり。赤澤氏の壘柵にして、本城と同じく陥落せり。」とある。

東筑摩郡誌の本城と共にとある本城は、赤澤氏の本城「稲倉城」のことと思われる。

近年の文献としては、「松本市史」があるが上記の文献などを参考にしていると思われ、

「小日向の東の山頂に位置する。赤沢氏の領地内なので赤沢氏の詰の城かとされる。山頂に東西約44m・南北約

13mの主郭とそれを取り囲む長い帯郭が残っている。」とあるのみで城主などには触れていない。

現地説明板にある赤沢氏の部将、赤羽大膳とあるがどんな人なのか、何の文献に記載されているのかは確認できな

かったが赤沢氏の領内の砦で、三才山峠から最初に出会う砦なので赤沢氏による三才山峠抑えの砦であったことは

間違えないと思われる。


IMG_0002_20130105202948.jpg

今回の登城路
(小日向集落内に鉄塔の巡視路の登り口があるのでこれを使えば尾根の先端に出られると思われるが未確認)


                ~ 三才山城の現状 ~

misayamasiro10.jpg

三才山城の入り口

misayamasiro10 (3)

小日向集落内にこの説明板と入り口の標柱があるが、ここから先は一切の案内は無く、民家の間を抜け耕作放棄された畑跡の脇の細い道をたどり城跡のある沢筋を目指す。(かなり不安。。(>_<) )  

misayamasiro10 (4)

沢筋に入ると一切の道は無いので、写真のような斜度45°以上ある斜面を適当に登るが。。。。かなりキツイ!
(沢沿いのどちらの斜面を登っても城跡に行けるので好きな方を登る)
 


misayamasiro10 (7)

今回は城跡の西側の尾根を直登したので尾根に出たら、尾根を東に登った。 

misayamasiro6.jpg

西尾根には写真のような竪堀状の窪みが落ちているが、その他には遺構は見られないことから自然の荒れ、
木を落とした跡の可能性が高い。
 


misayama4729.jpg


ここから遺構の説明を始めます。(この図に沿って書いていきますので参考にしてください) 

~ 堀① ~

misayamasiro20.jpg

西尾根を東にたどると最初に出会うのが堀①である。
写真は堀①に付属する土塁で城外側に高さ30cm程度構築されており、低すぎて見逃してしまう程度である。 


misayamasiro20 (3)

misayamasiro20 (2)

堀①を見る。
堀①は上幅約5m・深さ(一番深い所で)約1m程度と小規模で遮断線としてはどの程度の効果があったかは疑問で
あるが、傾斜45°以上の斜面と比高310mという自然の防御があるのでこの程度でもよかったのかも知れない。
 


misayamasiro20 (5)

堀①は深さは浅いものの、尾根の両脇に竪掘として落としており、敵の尾根斜面の横移動を防いでいる。 

~ 主郭を取り巻く帯郭 ~

misayamasiro30 (3)

misayamasiro30.jpg

平均巾3m程度の帯郭が本郭を取り巻いており、文献によってはこれを「馬場」としているが、そんなわけはなく、
本郭の防御の為に柵などを構築していた跡ではないかと思われる。
 


misayamasiro30 (2)

本郭から帯郭を見下ろす。 

~ 郭①(本郭) ~

misayamasiro40.jpg

本郭は、山頂に構築されているが、現在荒れ果てていて、倒木・雑木などで歩くのも苦労し、夏では詳細を見る
ことも難しいと思われる。
郭内部はきれいに削平されており砦の割に広く感じる。
 


misayamasiro40 (6)

本郭の周囲は高さ約2mほどの切岸が明確に確認できる。 

misayamasiro40 (8)

本郭南東隅部の土塁。
(U字形になっているのがわかるだろうか?この少し右側に虎口状の道が確認できた。) 


misayamasiro40 (10)

本郭には南側の一部を除き高さ約1mの土塁が取り巻いている。

misayamasiro40 (2)

三才山城は、別名秋葉様と呼ばれており以前は本郭に秋葉社があり、お祭りの為に良く登ったとされるが、
現在は社が確認できず、写真のような構築物が見られる。
これが秋葉社の跡かと思われる。(後方の高まりは土塁)
 


本郭は、街道見張りの砦としては素晴らしく土塁・切岸・虎口など確認でき本格的な築城のように感じた。
それだけ三才山峠がこの時代には重要な峠でこの砦の任務が重要なのであったのであろう。

次回は、東尾根と下りの工程、城主居館跡をお送りしたいと思いますのでお楽しみに。 

なお。。。。説明板に井戸の記載があるが確認は出来ませんでした。
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  1. 2013/01/03(木) 22:03:31|
  2. 松本市
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