長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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松本市  三才山城②

松本市にある三才山城の第2回目です。

今回は、防御の重点が置かれている東尾根、下山してきた南西尾根、城主居館を紹介していきます。
 


misayama4729.jpg

~ (東尾根)堀② ~

PC216548.jpg

本郭から東尾根へ向かうと最初に見るのがこの堀②で、三本ある堀切では一番大きなもので、上幅約6m・深さ

(本郭側で)約3mである。(両側へ竪掘を落としている。)
 


~ 堀③ ~

misayamasiro80.jpg

堀③を見下ろす。。。。。。全然わかりませんよね。。。。そう! 

misayamasiro80 (2)

ものすごく浅いんです。これを堀切と呼んで良いものか悩む所ではありますが。。。。。(?_?) 

misayamasiro80 (3)

尾根続き側から見ると、切岸状の段差となっているのでかつては浅いながらも堀切として構築さてれたことが分か
り、上幅約5m・深さ約40~50cmでなんとなく竪掘として落とされていたことが確認出来る。
 


~ 堀④ ~

misayamasiro90.jpg

東側尾根で城内と城外を分ける最後の堀切④を見下ろす。 

misayamasiro90 (2)

こちらの堀切も尾根上では微妙ですが。。。。。。

misayamasiro90 (4)

斜面に竪掘として落としていることが確認でき尾根上のものが堀切であったとわかる。
(写真左側の木にはクーさんのマーキングがあり、生息域ですので注意が必要です!!)
堀④は、上幅5m・深さ(城内側)約3mである。
 


misayamasiro90 (3)

堀切④を越えると尾根続きの戸谷峰(1629m)へ尾根は登っていき尾根上には遺構は確認されていない。
東尾根は唯一三才山峠側につながっている為に厳重な防備となったと思われる。
 


~ 南西尾根(下山路) ~

misayama100 (4)

misayama100 (5)

misayama100 (6)

南西尾根には、この巨大な堀切・竪掘状のものが存在する。
一見、近世の城跡の巨大な堀切に見えてしまうが、この尾根以外にこのような巨大なものは見られないので、
「山城探訪」では、木落としの跡・自然の荒れではないかとしている。
そうすると、城があった時にはこの荒れがあれば堀切として使ったであろうが、無かった場合は防御遺構が
存在しなかったことになり不可解である。 


misayama100 (10)

南西尾根を下ってきたがこちらも、超絶なる急斜面で踏ん張ることは不可能で滑るように下ってきました。
(西尾根・南西尾根共にものすごい急斜面なのでかなりの覚悟と下りには度胸が必要です。) 


misayama100 (9)

大手の沢筋を見る。。。。。ここには、

misayama100 (11)

沢の入り口付近には、近世に桑畑に使用された石垣が残されており、宮坂氏はこの部分に木戸を想定している。 

misayama100 (13)

三才山城を遠望する。(城跡はかなり奥まった部分にある為、麓の集落からは見ることが出来ない。) 

~ 三才山城主居館 ~

misayamazyousyu 3028 (2)

misayamazyousyu 3028 (6)

城主居館跡を見る。
居館跡は「大屋敷」と呼ばれ、南・東側が女鳥羽川に守られ、西側は高さ4~5mの段となり下は田圃が堀代わりと
なり防御をしていたのであろう。
北側は現在小日向集落内を通る一本道があるのでこれが往時の街道であろうか?そうなるとこちら側にも堀が
あってもよさそうであるが。。。。。


misayamazyousyu 3028 (5)

館の北側にこのような窪みが見られるのでもしかしたら堀の痕跡であろうか。。。。素人では判断できないが。。

misayamazyousyu 3028 (4)

居館内部は現在「明応社」という会社となっており、遺構は確認できない。

misayamazyousyu 3028 (7)

さあいかがだったでしょうか。。。。三才山城は三才山峠の抑えとして根小屋式の城であったことがわかり、
赤沢氏の家臣の中でも境目を守る重要な任務を帯びた重臣がいて普段は大屋敷に住み、いざ何かあれば城に登り
本城の稲倉城に狼煙を上げたのであろう。

城は訪れるには厳しい場所ではあるが、期待せずに行ってみると遺構が良く残っておりかなりの満足であった。
しかし、山奥ということと急斜面の訪城・熊の生息域であるので単独での訪城はお勧めしません、是非、
地形図・方位磁石・縄張り図・熊除けアイテム・複数での訪城など万全の態勢で訪れて下さい。



~ 参考文献 ~

山城探訪         (宮坂 武男     平成10年)

信府統記 復刻      (国書刊行会     平成8年)

松本市史         (松本市       平成8年)

東筑摩郡誌        (信濃教育会     1919年)



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  1. 2013/01/06(日) 19:47:04|
  2. 松本市
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

いきなり二部完結ですか!

凄い急斜面ですねえ、出浦城や葛尾城に匹敵する斜度でございます。
この砦、数年来攻めようと思いつつ機会を狙っていましたが止めておきます。なんせ道の無い城攻めなど経験が無いものですから・・・・(笑)

小生の感覚よりも奥まった場所にあるんですね。勉強になりました。
ていぴす殿に近づけるように、小生も頑張りたいと思います・・(って何を??  病気の進行速度? なるほど・・笑)
  1. 2013/01/07(月) 20:39:41 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

Re: いきなり二部完結ですか!

らんまるさん  コメントありがとうございます。

病気の進行度でいえば、らんまるさんにはかないませんよ(笑)
この場所は、一人ではかなり不安なので会社の同僚をだまして?一緒に登りました。。。。
もちろんその後、付き合ってくれなくなりましたが。。。。

お城であれば何度でも同じ所へでも行きたいので、いつでもお声掛けください。
援軍させていただきます。V
  1. 2013/01/07(月) 20:56:49 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

予想ですが

本文に出てくる ‘荒れ’ の部分ですが
集中豪雨のときにできた川の跡かも
なんて思ってしまいました。

それにしても急な斜面ですねえ 
  1. 2013/01/08(火) 06:57:31 |
  2. URL |
  3. 丸馬出 #-
  4. [ 編集 ]

Re: 予想ですが

丸馬出様  コメントありがとうございます。

南西尾根の荒れですが、同じような尾根の西尾根には明確な堀切が一本あるのに
南西尾根には荒れをぬかせば防御遺構は見られないのです。

そこが中々不思議なところで。。。。。どうしていたんでしょうね?
  1. 2013/01/08(火) 21:15:02 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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