長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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下諏訪町  下の城②

さーてと下の城の2回目をはじめますかな・・・・・・?

今回ご紹介する下の城の後半は、下諏訪町遺跡カードでは「下の城下の砦」とされる部分でございます。

これを一つの城とするのか、二つの城が至近にあると見るかはあなたの判断しだい!!ってね。
 


sitanosiro.jpg

~ 堀③ ~

sitanosiro7 (2)

下の城から約100mほど尾根を下ってくると途中に2段程の郭らしきものがあるが、最初に見られるのがこの堀③である

ここからが下諏訪町の遺跡カードに記載のある下の城下の砦の城域であると思われる。
 


sitanosiro7 (3)

堀③は尾根の西側に竪掘状に存在しているが、尾根上に平地を残して東側に堀④があるので、もしかしたら後世の

耕作により埋められて別の堀のようになった可能性ありかつては堀切であったかもしれない?
 


~ 堀④ ~

sitanosiro11 (2)

堀④は、尾根東側をコの字状に掘られた堀で、竪掘・横掘をくっつけたような形をしている。
写真は堀③と尾根上を挟んだ東側にある竪掘部分
 


sitanosiro11.jpg

竪掘部分を郭上から見下ろす。 

sitanosiro11 (4)

横掘部分を見る。(奥の高まりが掘り残されて土橋状になった尾根)

横掘は尾根の半分ほどを削って構築されており、残された尾根は狭くなっていて土橋状となっている。
 


~ 郭③ ~

sitanosiro10.jpg

堀③を挟んだ北側段郭上から見下ろす郭③

sitanosiro10 (2)

郭③は、下の城下の砦内では2番目に大きな郭となっているが、削平は城内で一番きれいで周囲の堀の構築状況から

みればここに小屋掛けをしていたのではないだろうか。
 


sitanosiro10 (4)

郭の南側から北側を見る。 

sitanosiro10 (5)

郭③の西側斜面(福沢川側)には小規模ながら郭らしき削平地が確認できる。 

~ 郭④ ~

sitanosiro20 (4)

郭④は、城内最大の郭ではあるが、現在笹藪が酷く詳細を見ることは厳しい。 

sitanosiro20 (7)

郭内部は緩やかに傾斜していて削平が甘く、写真のように笹の高低により段があることがわかる。 

sitanosiro20 (2)

ちょうど道により笹が無く、確認できた土塁。(高さ40cm程度)

土塁は鋳物師沢側(東側)には砦がある為か少なく、郭西側(福沢川側)に主に構築されていたようである。
 


sitanosuro14 (5)


郭④からは諏訪湖が見えます。。。なんとか。 

~ 郭⑥(大手郭とも・・) ~

sitanosiro30 (3)

尾根の先端には、大手郭とされる写真の郭は構築されていて、郭の西側を大手道とおもわれる道が登っている。 

sitanosiro30 (2)

郭西側(大手道側)には一部に土塁が構築されていて道から見えなくする工夫がされていたものと思われる。 

sitanosiro30 (6)

大手郭切岸と左側に大手道を見る。

sitanosiro20 (11)

sitanosiro20 (10)

昔の大手道(現在は林道?)は郭④と郭⑥(大手郭)の間の部分で尾根の堀残しにより明らかに人工的に

道をカーブさせている部分が確認でき、敵の直進を妨げる役割と郭の下部を通過していることから郭からの

攻撃を狙っていたものであろう。 


~ 消滅木戸跡 ~

sitanosiro1 (5)

山城探訪では、下の城の乗る尾根の先端部と鋳物師沢への道の分岐部分に、木戸跡とされる土塁・竪掘が記載され

ていたが、現在は写真のように何かの工事により消滅してしまったようで確認出来なかった。

木戸跡の遺構であったとすれば珍しいものでもったいないことをしたものである。
 


sitanosiro1 (4)

sitanosiro1 (3)

尾根の先端の林道入り口には道しるべがありますので迷う心配はないと思います。
(この看板から上の城までは一切の道しるべはありませんが、一本道ですので安心です)
 


sitanosiro1 (7)

城跡遠望・・・・どの山だっけ??? (>_<) 


下の城をお送りしてきましたが、分かりずらい搦め手からの紹介ですみませんでした。
新しい技術と古い技術の混合のような城跡という感じを受けた下の城でした。

次回は。。。。鋳物師沢を挟んで存在する萩倉砦をお送りしていきますのでお楽しみに!!



~参考文献~

山城探訪 諏訪資料編    (宮坂 武男)

信州の山城         (信濃史学会編  1993年)

旧東山田村の史跡散歩    (増沢 五助   平成3年)
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  1. 2013/01/16(水) 03:43:48|
  2. 下諏訪町
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<下諏訪町  萩倉砦 | ホーム | 下諏訪町  下の城①>>

コメント

複合式の山城みたいですね

相変らすツラツラと写真ばかり並べおって・・(ってか人の事は言えないと思う・・汗)

上の城、下の城、萩倉砦も含めて複合城郭群として見た方が良さそうですね。
砥石城が、砥石+本城+米山+桝形という集合体として成り立っているのと同じ理屈でしょうか。

諏訪地方の山城は昨年春に「ジっちゃんの名にかけて」解明しようと思ったのですが、爺さんも遠い昔に亡くなっているので貴殿にお任せします(笑)
  1. 2013/01/18(金) 20:34:03 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

Re: 複合式の山城みたいですね

お叱り確かに・・・・ね。
なんせ文章能力がないもので。。。。これからも変わらないかも。

まあ、「行かなくても城跡の全てが分かる」をコンセプトにマイペースで書いていきます。
長いですがお付き合いお願いします。

複合式の城跡っというのは確かにそうだったと思います。
山頂に上の城、東尾根に萩倉砦、西尾根に下の城とそれぞれの城が補い合って存在しており、
砥石城のように複数の城をまとめて○○城って呼ばれていた。。。。なんて感じではなかった
んじゃないでしょうかね。
  1. 2013/01/19(土) 03:51:16 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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現在の長野県内城跡訪城数は   814城です。

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