長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

下諏訪町  山吹城白鷺山砦?

山吹大城の西尾根の先端に存在する白鷺山は砦か? 

山城探訪の宮坂氏は、「(前略)奥まった所に大城があり、その前衛として、山吹沢を挟んで小城と白鷺山(石尊

山)を配置する構えは、砥川を軸にして上の城があって鋳物師沢を挟んで下の城と萩倉砦があるのと対称になり、

よく似た構成である。」として、白鷺山を萩倉砦同様の砦であったのではないかとしている。

ってことで。。。。。調査してきました。


yamabukikozyou2.jpg

今回のルート(国土地理院 2万5千分の1地図使用)


訪城時間・・・大城から15分・麓から・・・・15分程度      

危険度・・・・★★★☆☆(迷いに注意し、地形図・方位磁石を持って行きましょう)

訪城日・・・・2012年3月4日


       ~ 大城~白鷺山への現状 ~

yamabukioosiro90 (3)

大城の西尾根から先端にある白鷺山を目指すが、途中の尾根上には写真のような段郭が無数に刻まれている。

これが耕作によるものか城跡によるものかは判断が難しいが、堀状遺構も存在する。


yamabukioosiro90.jpg

yamabukioosiro90 (2)

これも堀切かどうかは判断が難しいが、この尾根上にはこれ以外に堀状遺構は存在せず、ここに堀切が無い方が

不自然であり、大城で紹介した西尾根から分岐した北西尾根にあった堀切の規模に類似していることから

堀切であったものと思われる。(この尾根上の遺構は山城探訪には記載ないのが不安だな~)


yamabukioosiro086.jpg

さらに尾根上を歩いていき、尾根の中ほどにこの広大な削平地が突如現れる。

今までの小規模な削平地と違い屋敷が建つほどの広さであり、切岸も大きい!


yamabukioosiro086 (3)

削平地から大城方面の西尾根を振り返ってみる。 

尾根をざっくり削平して構築されていることがわかる。(切岸の高さは3~4mほどの規模)

yamabukioosiro086 (2)

尾根を削った壁には、写真のような古い石積み跡が見られ。。。。しかも。。。

yamabukioosiro086 (5)

yamabukioosiro086 (6)

削平地の斜面にも帯郭?と古い石積みが施されている。。。。これは?。。どう見ても城郭遺構ではないのか?

まあ、ここも耕作されたであろうことは想像できるし、石積みは耕作によるものであろう。(本郭以外に山吹城で

は石積みは見られないので。)しかし、個人の力でここまで耕作の為に尾根を削るであろうか?

どう見ても屋敷地だよな~。。。金刺氏の要害と云うことは、一族や領民の逃げ込み場所か。。。たぶん (-_-メ)


yamabukisirasagiyama.jpg

さらに尾根を白鷺山へ向かって歩いて行くと、尾根上に石仏が目立ち始める。。。もうすぐ目指す白鷺山だ。

yamabukisirasagiyama (2)

そして。。遂に白鷺山が見えてきた。。。!(^^)!

ここまで、結構迷ったな~。。。。地形図にある鉄塔の場所違うし。。。皆様も惑わされないように注意してね。

yamabukisirasagiyama (12)

山吹大城から伸びる西尾根先端部が、白鷺山(通称石尊山)である。

麓にある説明板によると、「正平年間(1350年代)この山中の岩が爆然と光るので苔を払ったところ、「不動」

の二文字が現れ人々は不動明王の影向として崇めた。宝暦の頃(1750年代)白鷺が巣をかける端兆があったので

白鷺山と呼ぶようになった。。(後略)」・・・・って城跡と全く関係ないな。。。(>_<)


yamabukisirasagiyama (4)

yamabukisirasagiyama (17)

山頂部には、二段の削平地が見られ上段には、石尊大権現(天狗)と白鷺稲荷大明神が祀られている。

この削平地は神社のものか砦によるものかは分からないが、地元では信仰の山であったのであろうし、逆に、

信仰の山に城を築くことも良くあることで。。。。現在は木によって見晴らしが悪いが、木が無ければ真下に

和田峠からの旧中山道が見られることからここには。。。砦(物見)があったのではないだろうか。


yamabukisirasagiyama (19)

尾根の先端を下りると露出した岩を利用した堀切状の遺構も見られるが。。。。上には不気味な石仏が立つ(恐)

yamabukisirasagiyama (30)

白鷺山の登り口と右側に山吹沢を見る。

山の斜面が超急なことが分かるであろうか。。。。沢と合わせてかなりの要害性をもつ。


yamabukisirasagiyama (32)

白鷺山と和田峠からの道を見る。

本当にすぐ真下を通っているのがわかり、ここを突破されればすぐ金刺氏の本拠下諏訪となってしまう重要な

場所であったことが分かる。


さあ、いかがだったでしょうか。。。。白鷺山は砦か?

素人の考えとしては。。。尾根先端は物見の砦・尾根上の広大な削平地は一族・領民の逃げ込み場所であった。。

っていうのはいかがでしょうか?あなたならどう見ますか???

長々とお送りしてきました金刺氏の要害「山吹城」。。。お付き合いいただきありがとうございました。。

次回は。。。。。。何がいいかな???   お楽しみに!


~参考文献~

山城探訪 諏訪資料編    (宮坂 武男)



大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )
スポンサーサイト
  1. 2013/02/16(土) 14:22:09|
  2. 下諏訪町
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<諏訪市  大熊新城 | ホーム | 下諏訪町  山吹大城②>>

コメント

冒険者でございますなあー

金刺氏の詰城としての大城の見張り砦が白鷺山だったんでしょう。
V字形の珍しい縄張りに沢を挟んだ両サイドの小城と白鷺山がイイ感じですね。途中の巨大な削平地は後世のものか判断が難しいのですが、大城背後の堀切の「堀田」地籍だけでは領民の収容が出来ずに西の尾根に拡張した可能性はあると思います。
(宮坂氏の鳥瞰図で堀田は気になった場所です)

金刺氏が最後に籠ろうとしたのは山吹城で間違いないでしょう。とはいえ、寂しい最後でした(涙)
  1. 2013/02/18(月) 21:37:10 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

Re: 冒険者でございますなあー

らんまるさん  いつもありがとうございます。
また、この間はお世話になりました。

白鷺山は、確実に物見の欲しい所でありますが、明確な城郭遺構は確認できませんでした。
元々あったかもしれませんが、神社境内化への削平・耕作等により改変された可能性が
大きく素人では。。。。。中々確定することはできませんでした。

金刺氏も大熊城に首をさらされたり、領地を追われたり中々波乱万丈な一族であり
終わりも寂しいものでしたね。。。。。。
  1. 2013/02/19(火) 18:32:59 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://osirozuki.blog.fc2.com/tb.php/155-d84cf020
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ていぴす

Author:ていぴす
見に来ていただきありがとうございます。
現在の長野県内城跡訪城数は   814城です。

少しずつ増やしていきますのでお楽しみに!
写真にはこだわっていきます!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
初めまして (1)
信濃の武将 (11)
松本市 (47)
安曇野市 (33)
塩尻市 (15)
筑北村 (5)
生坂村 (36)
池田町 (18)
箕輪町 (13)
伊那市 (7)
辰野町 (2)
下諏訪町 (9)
諏訪市 (1)
中川村 (3)
駒ケ根市 (6)
ニュース (4)
廃村 (1)
伝説 (2)
本日の訪城 (14)
飯島町 (1)
武将の墓地 (4)
松川村 (3)
千曲市 (1)
南箕輪村 (1)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。