長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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安曇野市  久保殿屋敷

塔ノ原城支城のこや城主居館跡

所在地・・・・安曇野市明科中川手                      訪城時間・・・・0分

危険度・・・・★☆☆☆☆                           別 名・・・・明科古殿屋敷

訪城目印・・・・犀川砂防事務所                      訪城日・・・・2008年8月18日・2009年6月3日


                ~ 久保殿屋敷の歴史 ~

「明科町史」の明科古殿屋敷の項に、

「犀川砂防事務所、明科幼稚園のある所で、50m×100mの会田川段丘上の平地で、東側に堀の跡が僅かに残り東、

南側の周囲及び北側の段丘下には用水路を回している。

元禄11年明科村書上帳には「東久保平、古殿屋敷、東西二十ニ間、北南十四間、城主存じ奉らず候」とある。

天文9年御祓くばり日記には久保しま殿の名前が出ていて、こや城の城主の屋敷であるという。」とある。



              ~ 久保殿屋敷の現状 ~

kubotonoyasiki.jpg

この図面に沿って紹介していきます。(赤字は、地字名を記載)

kubotonoyasiki1 (3)

久保殿屋敷は、図面でいう「やしき」「堀畑」と犀川砂防事務所の所の段丘先

端部にあったとされる。写真は犀川砂防事務所の西側にある「やしき」地籍で現在は更地となっている。


kubotonoyasiki1 (8)

この「やしき」地籍は外郭部であったと思われ、段丘崖側には写真のように大きな欅や土盛りの上に社が祀られて

いて土塁の可能性もあるのでは。。。とされている。

なお、このやしき地籍の西南側の「くぼ」地籍には館主「久保志摩」(関氏)関係かと思われる関氏が住んで居

いて、関氏はこの周辺には大きな勢力を持っていたようだ、この他に関氏関連と見られる居館が二つ確認されてい

て墓所には古い五輪塔の残片を見ることが出来る。


kubotonoyasiki1 (6)

居館跡の「やしき」地籍から北側の会田川方面を見る。

居館の北側は、会田川の河川敷と約4mほどの高低差があり崖状となっている。奥に見える山と山の間の窪みは

現千曲市へ通じる街道となっているのでこの屋敷も街道を見張る役目も担っていたものと思われる。


kubotanoyasiki2.jpg

屋敷の北側下の会田川河川敷より見る久保殿屋敷

kubotonoyasiki1 (4)

館跡の外郭部と見られる「やしき」地籍の会田川段丘崖縁には、大きな欅と根元に高さ約1mの土塁痕のような土盛

りと祠が祀られている。


kubotonoyasiki1.jpg

kubotonoyasiki1 (2)

久保殿屋敷に関係する土塁と見られる高まり

また、中心部と見られる犀川砂防事務所敷地の南西隅部には、関氏一族が祀っている飯綱稲荷社が高さ約2mほどの

土盛りの上に祀られていて、かつて土塁上に祀られていた館跡の鎮守であったものと思われる。


kubotanoyasiki2 (3)

犀川砂防事務所の東側には「堀畑」地籍があり、この場所は1.5~2mほど低くなっていてかつての堀跡と見られて

いてこの「堀畑」から水路が「やしき」地籍方面へ伸びているのでこれらもかつての堀跡と見られる。


kubotonoyasiki1 (7)

 「やしき」地籍から見る池田町方面 

今回は、こや城主の居館をお送りしてきましたがいかがだったでしょうか。

中々、居館跡に興味をもって記事を書かれることが少ないですが、これらの小規模居館跡が忘れられることが無い

ようにちゃんと探し当てて皆様にお伝えしていきたいと思います。

興味が無い方も、興味が無い方もどうぞお付き合い下さい。



~参考文献~

山城探訪 補遺資料編 中南信版      (宮坂 武男)

明科町誌                 (明科町史刊行会  昭和59年)




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  1. 2013/04/10(水) 03:52:58|
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  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
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コメント

久保さんちでしたか

対岸の押野城の高田さんちからも良く見えたでしょうネ(笑)

生坂の丸山さん、大町方面の仁科さん、と境を接した要衝の地でもあった訳ですか。
てっきり屋敷は茶臼山城との間にでもあったかと思いきや河岸段丘上とは意外でした・・(汗)

屋敷専門ブログも面白そうですが、コア過ぎて怖い(ってダジャレかい!)
  1. 2013/04/13(土) 11:16:10 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

Re: 久保さんちでしたか

らんまるさん    コメントありがとうございます。

屋敷専門サイトも結構大変で、地名だけしか残らないものも
多いし、住宅地を歩いていると変な目で見られるし。。。。。(汗)

文献から館主を探し出すのも結構城跡より苦労が多いですね。
注目を浴びない館跡を探し出した時の感動も結構いいものですよ。

今回の関氏も文献にはあまり出てきませんが、明科周辺にはかなりの
勢力を持っていたようでこの周辺には関氏が今でも多く見られます。
  1. 2013/04/14(日) 05:58:41 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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  1. 2013/08/23(金) 21:52:22 |
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