長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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松本市  荒海渡砦

安曇南部の雄 西牧氏城砦群②

所在地・・・・松本市梓川上野田屋                訪城時間・・・・5分

危険度・・・・★☆☆☆☆(竪掘を見学時、沢への転落注意)

別 名・・・・新屋敷                        訪城日・・・・2008年7月13日・2010年12月27日

発掘歴・・・・昭和52年に旧梓川村教育委員会により構造改善事業に先立ちトレンチ調査


nisimakinotoride1.jpg
荒海渡砦と西牧氏関連城跡配置図

              ~ 荒海渡砦の歴史 ~

中丸田部落より、この坂上の部落に通じる上野坂の旧道「あらさか(荒坂)」を上り、段丘面に出たあたり、

尾入沢の深い谷によって突角をなしている箇所に構築されている。

東側に西牧氏が来郷した当初の居館とされる中村館がある。この居館がある段丘上へ至る坂道の防衛の為の砦と

して構築され西牧氏が居館を於田屋へ移したあとも小笠原氏などとの緊張時には改修されて使用されていたのでは

ないだろうか。廃城時期は、天正10年の西牧氏滅亡時かその後の梓川渓谷が小笠原氏の支配が安定した時期では

ないかと思われる。


                ~ 荒海渡砦の現状 ~

arakaitotoride5.jpg

この図面に沿って紹介していきます。


~荒坂(あらさか)~

arakaitotoride1 (7)

この古道「荒坂」は現在、新しく造られた車道により所々破壊されているが、砦の下部では辿ることが出来る。

この荒坂は、段丘上へ登る為には重要な道であったので砦付近になると防御遺構のようなものが残されている。


arakaitotoride1 (13)

この荒坂は、細尾根をジグザグに登ってくるが、カーブ部分は写真のように堀切状に構築されていて、

arakaitotoride1 (9)

砦側は切岸状に削られていて、砦のある段丘上は見えないようになっている。

arakaitotoride1 (11)

arakaitotoride1 (5)

また、荒坂が砦のすぐ下まで登ってくると掘③の竪掘が、尾入沢の急斜面へ落とされて細尾根をさらに狭めて

防御を厳重にしている。


arakaitotoride1

これらの防御を越えると荒坂は、砦の内部へ入っていく。

これを見ると荒海渡砦は、段丘上へ登る重要な道を城内へ取り込んで防御していたことになり、戦時は坂を守る砦

としての意味と普段は番所的な役割を担っていたものと思われる。


~ 本郭 ~

arakaitotoride5 (5)

砦の内部は、現在全面がリンゴ畑となっていて見るべき遺構は残されていない。

昭和52年の構造改善時の発掘調査ではトレンチ調査で部分的な調査であったが、砦跡の平坦部は縄文期の住居址が

大多数を占め、砦に関するピットなどの遺構は確認できなかった。遺物としては礎石らしき石が五個と鉄釉天目

茶碗の破片が出土し、掘切が1本確認されている。


arakaitotoride5 (3)

砦の構築された段丘南側は、急傾斜となりこちらから攻められる恐れは少なかったものと思われるが、現在でも

切岸(?)は鋭い。


arakaitotoride5 (2)

砦から眺めは素晴らしく、下部を通る古道の「冬道」や梓川対岸を通る「夏道」もよく見ることができたであろう。

~ 堀切 ~

この砦の堀切については、発掘調査報告書に記載されている事を書いて見ると「(前略)台地背後を2条の空掘で

切断した河岸段丘端形式の砦でもある。現在砦跡の遺構として残存しているものは6本の空掘のみで、このうち、

発掘調査では4~6の掘の一部を露呈した。


arajaitotoride3 (2)

尾入沢側の斜面に残る堀①の残存遺構

5の堀(堀①の事と思われる)は、幅6.7m・深さ2.5mで断面は朝顔形を呈していた。」とあるが、この報告書にあ

る6本の堀は現在2本の堀の痕跡しか確認できず、残りの4本はどこを指しているのか分からない。それとも荒坂に

ある堀切状遺構を堀跡の数に入れてのことであろうか。


arajaitotoride3 (3)

段丘南側斜面に残る堀②´を見る。

arakaitotoride2 (2)

尾入沢側斜面に残る堀②の残存遺構を見る。

この堀②と堀②´が繋がって堀切となっていたようであるが、台地上では消滅してしまい痕跡は確認できない。


arakaitotoride2.jpg

堀②残存部を砦内部から見下ろす。

堀①・②ともかなり埋まってしまいよく確認しないと見落としてしまいそうである。


arakaitotoride2 (3)

堀②の残存部を尾入沢側へ降りて見上げる。

尾入沢側は、急斜面となっているので転落注意。


arakaitotoride1 (14)

現在の車道から砦址を見上げる。

さあ、荒海渡砦はいかがだったでしょうか。

西牧氏関連の城館跡の中で唯一発掘調査が行われた砦跡ですが、発掘後の砦跡への処置が悪く標柱なども一切なく

唯一残った堀切の痕跡さえも保存されず埋まるに任せている状態である。また、報告書さえも図書館での閲覧も

できない状況であり旧梓川村と現松本市の無名の遺跡への無関心さが窺われる。

(西牧氏の城砦群では、説明板があるのは於田屋居館跡のみであるがほぼ消えかけている)

ぜひ、無名の遺跡でも標柱などのここに遺跡があったという痕跡を残して欲しいものである。



次回は・・・・西牧氏関連城砦群の西林砦をお送りしたいと思いますので。

どうぞお付き合いください。

~参考文献~

山城探訪 補遺編 中南信版         (宮坂 武男)

荒海渡遺跡発掘調査報告書(長野県史記載分)  (梓川村教育委員会 1978年)

梓川村誌                   (梓川村誌編纂委員会  平成6年)

安曇村誌                   (安曇村)



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