長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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松本市  長坂上砦

安曇南部の雄 西牧氏城砦群⑥

西牧氏に関係すると思われる城館跡はいくつあるのであろう。。。。。?

ちょっと数えてみた。。。(-_-メ)

①中塔城 ・ ②城日影砦 ・ ③尖屋敷 ・ ④本神沢端砦 ・ ⑤城の上砦 ・ ⑥北条城 ・ ⑦柳坂上砦

⑧荒海渡砦 ・ ⑨鞠子山砦 ・ ⑩大妻氏館 ・ ⑪氷室館(中野氏館) ・ ⑫殿小屋・明カ平・上向小屋平

⑬向かい屋敷(瑠璃光寺屋敷) ・ ⑭小倉城(推定) ・ ⑮鬼小屋・高見・小屋の平 ・ ⑯亀山砦

⑰伊藤坂上砦 ・ ⑱於田屋館 ・ ⑲西林砦 ・ ⑳田屋城 ・ 21 桜坂上砦 ・ 22 中村館 ・ 

23 長坂上砦 ・ 24 長尾城 ・ 25 岩岡氏館 ・ 26 大野田夏道砦 ・ 27 上総屋敷 ・ 

28 かぎかけ山物見 ・ 29 奈川古幡氏館


ん~・・・推定(一時期でも関わっていたと思われるもの)や一族の物を含めても29ヶ所もある。。。。

今まで26ヶ所は訪城しているのであと。。。3こ?

しか~し(汗) 残りは最大の難所である梓川渓谷沿いの殿小屋や鬼小屋などの険峻な場所ばかり・・・・・

西牧氏の逃避行にお付き合いできるのかな・・・・・(-_-;)

ってことで今回も西牧氏の砦である長坂上砦をお送りしていきます。



所在地・・・・松本市梓川梓字上野                   訪城時間・・・・0分

危険度・・・・★☆☆☆☆                        訪城目印・・・・真光寺

訪城日・・・・2008年7月13日・2010年12月27日

注)砦内部はすべてリンゴ畑となっているので立ち入る際は、地権者の許可が必要です。


nisimakinotoride1.jpg
西牧氏城砦群配置図             国土地理院 2万5千分の1地図使用


                ~ 長坂上砦の歴史 ~

この砦は、中村館(西牧氏の旧居館)の西に構築されていて上野段丘上の南西隅の穴沢の深い谷に浸食されて尖角

をなしている箇所に所在する。

この砦では、常住の監視の武士が居たことを実証する石臼と平面円形の礎石(直径50cm位)がリンゴ畑造成中に

発見されている。

この砦の役割は木曽・飛騨口に当たる為にこれらの監視と段丘下から登ってくる長坂を監視する為の砦であったも

のと考えられている。


nisimakisi134 (2)

この図面に沿って紹介していきます。(赤い点線は推定堀跡)

~ 郭① ~

nagasak8 (2)

この砦は、単郭で小規模なものであるが西側・南側は穴沢の深い谷になっていて、北側は田屋城のある高い山々に

守られており東側だけを守ればよいという要害の地にある。

写真は郭の西側で穴沢へ付き出ている段丘上突端部分を見ている。


nagasak8.jpg

郭内部は、構造改善によりすべてリンゴ畑となっていて土塁などの構築物は台地上には見られない。

(郭内部にはいるには、必ず地権者の許可を受けてから探索してください。)



~ 郭①突端部 ~

nagasak1 (3)

郭①の西側穴沢に面した部分には、写真のような出っ張りや竪掘状の窪みが見られるが台地の縁に沿って獣除けの

電気柵が張り巡らせてあり近づくことが出来なかった。もしかしたら、竪掘がある可能性も考えられる。


nagasak1 (4)

さらに先端部分には、三角形の形をした平坦地が見られる。

ここも電気柵によって近づけなかったが、城内でも一番西側(飛騨方面)にあるのでここに物見・烽火の櫓が

構築されていたのであろうか。


~ 堀① ~

nagasaka2 (2)

この砦で唯一の堀で城内と城外を分けていたと思われる堀であるが、残存状況は悪く西側の斜面と南側の斜面に 

その痕跡が見られるのみである。

この写真は、西側の堀の痕跡で城内を通って来たであろう堀が穴沢に向けて竪掘として斜面を下っていることが

確認出来る場所である。

城内側は、コンクリで固められて消滅している為にどのようになっていたかは想像するしかない。


nagasaka2 (3)

竪掘は長く穴沢の沢底近くまで伸びていることが窺える。

~ 堀② ~

nagasaka5 (2)

この部分は、堀①から伸びて来たであろう堀が上野段丘崖南斜面に落ちて行くところが見える場所である。

nagasaka5 (3)

この堀も斜面を竪掘として落ちて行くところが見えるが、穴沢側の竪掘より少し規模が大きいように見えた。

これは、西側の穴沢対岸には鞠子山砦がありそれほど防御を固める必要が無かったのであろうし、南側の段丘下

には古幡牧でなおかつ冬道が飛騨方面からも通っていてこの冬道から長坂が砦東側に登って来ている為防御を強化

する必要があり南側の堀の規模が大きくなったのであろう


~ その他 ~

nagasak1 (7)

砦跡からは、松本方面が一望でき物見の砦としては最高の位置である。


お送りした長坂上砦。。。。。小規模&遺構がほぼ消滅という条件の元、伝えることもあまりなく。。(-_-;)

でも・・・ここには確かに西牧氏が砦を築き名もなき人々が日々守っていたのである。

それを少しでも伝えていくことが微妙な趣味を持った者の定めなのである・・・・(゜-゜)  なんてね。



~参考文献~

山城探訪 補遺編 中南信編     (宮坂 武男)

梓川村誌              (梓川村誌編纂委員会   平成6年)

北安曇郡誌             (北安曇郡誌編纂委員会  昭和55年)



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