長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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安曇野市  大足(葦)氏館

本家の衰退と共に消えた一族

所在地・・・・安曇野市明科中川手               訪城時間・・・・0分

危険度・・・・★☆☆☆☆                     別 名・・・・平 上ノ段館

訪城目印・・・・大足橋                      訪城日・・・・2008年8月16日・平成13年4月16日


周辺は畑地・墓地・民家となっているので周辺住民の方に会ったらあいさつしましょう。

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大足氏居館と周辺の城館跡              国土地理院 2万5千分の1地図使用

             ~大足氏館の歴史 ~

大足氏館は明科から会田方面へ県道203号線を向かい途中、会田川にかかる大足橋を渡った所で、県道と会田川と

の間の200×100mの台地で上ノ段と下の段に分かれる。

館の周囲が段丘になっており、特に東と南側は会田川の段丘で10m余りあり、竹が群生している。

現在、上ノ段も下ノ段も畑と民家となり、上ノ段の北側には古い墓地がある。

この館は、塔原氏が鎌倉時代に川手方面へ進出した当初はこの居館にいて、その後塔ノ原に居館を構えてからは

大足氏が塔原氏から分かれてこの館に居住したものと考えられている。




             ~ 大足氏館の現状 ~

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~ 会田川・下ノ段 ~

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大足氏居館跡は、北・西・南の三方を会田川が流れており段丘の先端部のような地形に構築されている。

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下ノ段の北側壁面を見る。

ooasi13 (5)

下ノ段の西側壁面を見る。

会田川に面している三方の段丘壁面は、高さ約3~4mの切岸状地形となっていて東側に防御の重点を置けばいいだ

けという居館というよりは城郭の立地に近い場所に構築されている。

これは領地を支配するためだけに構築された居館とは違い、本家の塔原氏の命により塔原氏の本城(塔ノ原城)の

搦め手である明科・会田を結ぶ街道を又、塔原氏の領地で飛び地的(塔原氏の領地とは会田川により隔絶されてい

て逆に一応一族ではあるが他家の会田氏の領地が地続きとなっている)な領地を守る為に一族を配した重要な役割

をもった館のためであろう。


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西側の居館壁面と会田川を見る。(居館壁面には矢竹が茂る)

ただ、逆に会田方面から攻められた場合この居館を守ってくれている会田川が妨げとなり孤立しまい、塔原氏から

の援軍が到着するのが遅れてしまうという負の面も持ち合わせているのである。


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上ノ段から下ノ段を見下ろす。(下ノ段はほぼ民家となっている為、少ししか撮ることができませんでした)

下の段は細長くニの郭のような役割をもっていたようで居住は可能な広さであるので、家臣や一族が住んでいた

のであろう。


ここで大足氏について「明科町誌」を参考に紹介すると。

「大足氏は、応永7年9月の大塔合戦には反守護軍として出陣していた海野幸義の旗下として、同族の会田・塔原・

田沢・光氏などと共に大足(葦)氏が参戦している。

大足氏の出自はについては分からないが、塔原城主の塔原氏と本支の関係があったことは大塔合戦に塔原氏の

同族達と一緒に参戦していることから明らかである。

また大葦の地も江戸時代始めまでは塔原村の枝郷であり、慶安元年(1648)に塔原村から大足村が分離したことが

分かっている。


ooasi3.jpg

上ノ段にある古い墓地に建立されていた石仏(寂しげだったので拝んで写真を撮らせていただきました)

元禄11年6月の大足村の由緒書上にも

「塔原村・大足村此弐ヶ村古来壱ヶ村ニ而御座候処ニ、慶安元子ノ年高別村ニ罷成候(後略)」

と書かれていて大足も塔原の一部で、中世も塔原氏が納めていたことが想像できる。

最初に大足に居館を構えたのは塔原氏で、鎌倉時代であったと思われ光久寺を開基して祈願寺としていたようである。
塔原氏が塔原上手屋敷に居館を移したのは大塔合戦に大足氏の名前があるので応永7年(1400)以前と考えられ、

塔原氏の居館跡に一族を分家させ大葦氏を名乗らせて本拠の背後を固めさせたようである。

天正9年(1581)の御師宇治久家御祓くばり日記の「あいだいりの分」の中に「大あし左京之助 ちゃ三つ」とあ

り弱小化しており旧四賀村(現松本市)の中川地籍に移動している。

(ちゃ三つは田沢城主とされる花村若狭と同じ程度)

ooasi91 (2)

塔原氏が建立し後に大葦氏の祈願寺となった光久寺(現在は寺運が衰退し無住となり近隣住民が守っている)

この大葦氏の没落はいつか。。。。。天正9年の時点で会田へ移っていることから天正22年(1553)に刈谷原城が

落城し、それを聞いた塔原氏は城を捨てて逃げ去り、後に武田氏に帰順したが塔原城主には復帰できずに武田氏に

城主として据えられた海野三河守幸貞の副将に格下げとなり領主の座を奪われてしまった。

この時に大葦氏は天文22年4月3日に落城していた旧会田氏の領地に一土豪程度の地位に落とされたのであろう。

その後は歴史にあらわれないことから帰農したものと思われる。

なお大葦氏の家臣として分かっているのは滝沢氏(小県郡滝沢郷の発祥)と堀内氏がいたと考えられている。


~ 上ノ段 ~

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上ノ段が、館主である大足氏が館を構えていた場所と思われ周囲より2mほど高くなっていて広さも広大である。

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上ノ段は現在、畑地と墓地となっているが内部には約1mほどの段差が見られ、中央よりやや西寄りに小山が残され

ていて大事そうに石仏が祀られている。


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山に大切に祀られている石仏

かなり古いものだが東側にある古い墓地同様、館跡に関係するものであろうか。


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東側にある「内くね」地籍から見た上ノ段

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会田川の対岸から見た大足氏館

大足氏の居館跡をお送りしましたがいかがだったでしょうか。

館跡としては見るべきものはあまり残されていませんが、歴史としては塔原氏の初期の居館としてや支族の

大足氏の歴史が残された重要な遺跡であると思います。

少しでもこのような歴史があったんだと皆様に伝えていけたらうれしいです。

館跡は大方民家となっているので写真撮影や畑などの侵入には最大の注意が必要です。



~ 参考文献 ~

山城探訪 補遺編 中南信版   (宮坂 武男)

明科町誌            (明科町誌刊行会 昭和59年)



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  1. 2013/07/22(月) 08:59:11|
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  4. | コメント:2
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コメント

おはようございます

記事バックアップしっかりして残しておけば
将来に書籍化出来るかも知れませんね。
広島に住んでるとき、旧西国街道を歩いて
見ましたが、竹原から三原へ抜ける道がわからず
道は藪で覆われてるし道路は湧水でグチャグチャ
で、マムシとかも怖くなって引き返しました、あとで
思えば正解だった気がします、思い立って誰にも
言わず出てきたので山で迷ったら大変でした
ブログ見て思い出しました。
  1. 2013/07/24(水) 07:46:36 |
  2. URL |
  3. 友遊クラブ #-
  4. [ 編集 ]

Re: おはようございます

友遊クラブさん返事が遅れて申し訳ありませんでした。
里山とはいえ事前に調べないと遭難の危険はありますよね。
地形図・方位磁石などは必須ですし、まあそれがあっても迷うことはしょっちゅうですが。。。
お互い気を付けましょうね。
  1. 2013/07/26(金) 15:41:15 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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