長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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安曇野市  瑠璃光寺堀屋敷

長尾城主の一族の居館か?

nagao2 (2)
周辺城館の配置図             国土地理院2万5千分の1地図使用



所在地・・・安曇野市三郷温                          訪城時間・・・・0分

危険度・・・・★☆☆☆☆                            訪城目印・・・・瑠璃光寺

訪城日・・・・2008年7月5日・2013年8月15日


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瑠璃光寺堀屋敷の古図(三郷村誌より転載)


                ~ 堀屋敷の歴史 ~

野沢瑠璃光寺一帯の地籍は芝口とといわれ、瑠璃光寺境内は堀屋敷といわれる中世の遺構地と考えられる。

この堀屋敷は、長尾城の北方に位置する上総屋敷に対して、長尾城の東方に位置する屋敷である。

堀屋敷があったとされる境内の周囲には堀が巡っていたと云われ、現在も東側に僅かに堀跡と思われる窪みをみる

事が出来る。


rurikouzi (13)
現在の瑠璃光寺
(現在の参道は西側になっているが、天保4年の絵図によるとかつては東側であったことが書かれている。)


絵図では二つの水路(東原堰と小田多井堰)から屋敷を囲む堀へ流れ込んだ水は、屋敷の周囲を巡り東側の小田井

堰へ流れ込んでいる。また、小田多井堰が屋敷面へ向けて鉤の手状に曲折している様子から、屋敷の堀の水を落と

す為に屋敷面に意図的に構築されたことが考えられる。


rurikouzi (2)
現在の瑠璃光寺と残存遺構              (ゼンリンいつでもNAVIを使用)

「この堀屋敷は、西牧氏が住吉荘に勢力を広げた時代に長尾城に関係した武士の屋敷であったことが推定できる。」

と三郷村誌は書いているが、西牧氏がわざわざ段丘上に小笠原氏に備えて長尾城を築いたのに、敵である小笠原氏

の領地にに近い段丘下に屋敷を造る意味が分からない。

これは長尾城主が堀金氏の一族であったことを考えると小笠原氏が武田氏と戦った野々宮合戦時にこの地を占拠し

たと思われる堀金氏やその後に領地とした小笠原氏に仕えた武士の屋敷であったのではないだろうか。



            ~ 瑠璃光寺堀屋敷の現状 ~

rurikouzi.jpg

現在の瑠璃光寺の門の前には水路が流れている、これが絵図に書かれている屋敷を囲む堀であったと思われる。

その水路に沿って門の両側には土塁状の高まりが存在する。


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土塁状の高まりは約70~80cm程度の高まりで周りは砂利で覆われていて、古いものではないように見える。

しかし、


rurikouzi (16)

内側(境内地側)では高さが約1m程と高くなっており、土塁状の高まりの上には古い墓が建っており、近年に構築

されたものではないことが分かるのであるが、これが寺の境界として造られたのか屋敷の防御のために造られたも

のなのかははっきりしない。


rurikouzi (30)

屋敷の南西隅には絵図に書かれている堀のカーブの部分と思われる水路のカーブが見られ、内側には櫓台状に幅が

広くなった土塁状の高まりも見られる。


rurikouzi (31)

また、南側の水路(堀跡?)に沿って建てられている墓も高くなっているので土塁とは断定できないものの、西側に

あった土塁状の高まりが南側にも巡っていたことがわかる。


rurikouzi (21)

南側(現在の民家との境界の壁際)には堀を思わせる窪みが西から東側に向かって残っている。

深さは約30cm程度から西から東に向かうに従って徐々に深くなっていっており東側隅では50~60cm程度になっている。


rurikouzi (23)

堀と思われる溝は、西から東に向かい南東部分で直角に曲がり、北に向かって続いている。

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北側に向かっている部分の溝は、南側に比べて幅が大きいことから、南側で見られた溝も以前はこの溝程度の幅が

あったことが窺える。


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かつて堀屋敷の東側の堀に水を注いでいた小田多井堰を見る。

この屋敷の絵図を見る限り、周りの田などに水を運ぶ堰を押さえる位置にあることがわかり、よくある荘園時代の

領主の屋敷地のようにも感じ、その屋敷を中世になり豪族が使用した。。。。ってことも。。。。


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瑠璃光寺境内を見る。

境内の中は本堂・参道以外は墓地となり遺構らしきものは見られない。


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現在の瑠璃光寺本堂を見る

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瑠璃光寺から見た本城の長尾城。

不思議なことに最初の地位図を見てもらえば分かるが、長尾城主の屋敷とされる上総屋敷よりこの堀屋敷の方が

直線距離では近いのである。

戦時には長尾城に籠るはずなのに、この堀屋敷より城主の居館が遠いいというのはおかしいのではないだろうか。


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瑠璃光寺堀屋敷の遠望


この堀屋敷・長尾城・上総屋敷を訪城した感じとしては、用水を掌握している様相から長尾城主の居館は堀屋敷で

あり上総屋敷は、絵図・聞き取りから屋敷というより約2mの土塁があったことや、多くの街道が通過している地点

にあることから長尾城の南西を守る出城のような役割をもった城郭であったのではないだろうか。


城跡を中心に屋敷地などを調べていくと中々面白いことが分かり、忘れ去られていくことを掘り起こすことの

大切さを感じます。

地名からや聞き取りから見つける城館探しは大変ですが、これからもがんばって探し出したいと思います!!


あまり深く考えず。。。しろーと考えですので。。。。。。。。。聞き流して下さいね。  (-.-)





~参考文献~

三郷村誌         (三郷村誌刊行会  平成18年)




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  1. 2013/08/15(木) 03:15:00|
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コメント

墓場荒らし?

お盆にお墓巡りツアーは如何なものかと・・(笑)
鬼退治に鬼ヶ城へ攻め入ったヤツが言えるセリフでは無い?ごもっともな話で・・・(爆)

崖淵とか断崖じゃない平地の城館探索は大変そうですねえ。耕地整理で跡形も無く消えちゃってるケースがほとんどでしょう。
まさに執念のみ。
通報されない程度にお願いしますネ(汗)
  1. 2013/08/17(土) 19:29:58 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

Re: 墓場荒らし?

らんまるさん お世話になっています。

 僕にはらんまるさんのような霊感がまったく無いので、お盆だろうが彼岸だろうが
人骨がむき出しになっている古い墓地でも全く何も感じませんので。。。。。鈍いのか?

一応、会う人会う人声をかけるよう心がけています。

今のところ大丈夫ですね。。。。。。。人柄かな(笑)
  1. 2013/08/18(日) 21:29:56 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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