長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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筑北村  不寝見屋敷①(鼠屋敷)

青柳氏による境目の砦達

所在地・・・・筑北村西条伊切                      訪城時間・・・・30分(旧伊切分校より)

危険度・・・・★★☆☆☆(廃村となっているのでそれなりの注意が必要)       

屋 号・・・・鼠屋敷                            訪城日・・・・2012年4月1日


nezumi.jpg
不寝見屋敷と関連城砦群          国土地理院2万5千分の1地図使用


かつて現安曇野市の潮沢を境に、日岐氏・青柳氏・会田氏の勢力の境界となっていた。

また、この潮沢を囲む山々には数多くの古道が通過しており、この道の数だけ無名の砦が存在していた。

今回紹介するのは、青柳氏と日岐氏の勢力の境目に築かれた不寝見屋敷です。

nezumi_2014051422202541f.jpg
周辺の見取り図(城館に関わるような遺構は見られないが、戦国期は重要な場所であったのであろう)


この砦は、東側にある西条城の出城として築かれたと見られ、名前の通り寝ないで番をしていたところである。

ただし、この不寝見屋敷には2つあり屋号「鼠屋敷」と「大持」が存在し宮坂氏の山城探訪では「大持」が紹介されてい

るが「鼠屋敷」の方は紹介されていない。

周辺の屋号として「鼠屋敷」「鼠屋敷尾根」「池の下」の屋号と共に現在は西條に移転した寛昌寺の故地であり、集落の

中心をなしていたものと思われる。


syuutoyasiki (2)
旧伊切分校跡から砦跡へ続く山道

昭和30年代の家屋の所在を見ると35軒存在していたことが確認出来る。

現在の伊切は平地に数軒残っているが、山間部となると廃村と同じ状態で住んでいる方は見当たらない。

かつてはこの山道も山間の家々に続く重要な道で、道沿いには神社跡なども見られ、幟旗の残骸も見られたことから

かなり賑わっていたことも感じられたが。。。。。遠いい昔のことであろう。


syuutoyasiki (3)
山道から見た遥か遠くに見えるたかうちば物見

たかうちば物見は、日岐氏との境目の砦で尾根を辿れば日岐氏の猿ケ城や高松薬師城へ繋がっており重要な物見の砦であった。

syuutoyasiki (5)
鼠屋敷の平坦地を見る

山道を30分程登っていくと分岐があり上に行くと「大持」下へ行くと「鼠屋敷」へ通じており下へ下ると広大な平坦地

が見えてくる。

これが不寝見屋敷の一つである「鼠屋敷」で、平坦地には住居跡をうかがわせる造作の跡や水路が見られる。


syuutoyasiki (4)
平坦地に落ちていた臼片を見る。

この「鼠屋敷」には昭和30年頃には、3軒の住居があり最奥には寛昌寺が建立されていた。


syuutoyasiki (6)
鼠屋敷の広大な平坦地

この山奥にこのような広大な平坦地があるのか。。。。と思わせるような広さである。

この広大な平坦地に3軒しか存在していなかったのが不思議であるが、昔は家屋の周囲に畑などを作っていたのでこの

位必要だったのであろう。。。。。。。絶対住みたくないが。。。。(怖)


syuutoyasiki (8)
不寝見屋敷の標柱を見る。

この忘れ去られた場所に標柱が建てられていること自体驚きであるが、それだけこの地の歴史を残したいという情熱も

感じられる。どこかの村の史跡さえ破壊してしまう所と大違いである。


syuutoyasiki (11)
倒壊中の家屋を見る。

不寝見屋敷は2つ存在するが、「大持」は高所に築かれこの「鼠屋敷」は沢沿いの見通しのきかない薄暗い場所に存在

する。では、何故この「鼠屋敷」も砦とするのか?


syuutoyasiki (10)
鼠屋敷最奥の家なのか寛昌寺跡なのか。。。。。分からなかったが写真だけ撮ってきました。

それは、昭和30年代の伊切の様子を見ると分かるが、この「鼠屋敷」の周りの尾根や沢沿いには「寛昌寺坂」

「小切山道」「ヤリコ坂」「池田道」など数多くの古道が存在していたことが窺える。

この「鼠屋敷」はこの脇道を見張る為の番所的な場所であったと考えられるのである。

周囲の『一石』『矢下』などの集落(廃村)は、かつて物見の番をしていた人たちの集落であったとの言い伝えがある

ことからこの『鼠屋敷』もそれらと同じで脇道の古道を見張るために配された人たちの集落であったのであろう。




見るべき城館遺構は無いが、この山間地の奥にも戦乱に巻き込まれた人々の痕跡が残されていた。めったに人が来る事のないであろうこの場所は、みんなに忘れられて自然に帰っていくのを待っているようであった。

次回は。。。。この鼠屋敷よりワンランク上の方の物見でござんす。

お楽しみに!



~参考文献~

山城探訪            (宮坂 武男)

伊切ふるさと会資料       (桐沢 寛江)
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  1. 2014/05/08(木) 03:32:05|
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