長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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安曇野市  押野城

近所でこのような事が起るとは。。。。。情けなし文化財保護行政(怒)

所在地・・・・安曇野市明科七貴

訪城時間・・・・1分

危険度・・・・・★☆☆☆☆

先日、押野城の破壊がニュースになったが、まあこの怒りは置いておいて。。。。。。まずは良く残っていた頃の押野城の

紹介をし、どこがどのように破壊が行われたのかを書いて行きたいと思いますのでお付き合いください。


akasina (8)
明科周辺の城砦の分布図です。

押野城については「信府統記」に「押野山古城地 上野村ヨリ卯方廿 四十六間、下押野村ヨリ北ノ方五町、本城ノ平東西

八間 南北廿一間 城主知レズ」とある。

『長野県町村誌』には「押野城墟 本村(七貴村)の亥子に方り十二町を隔て方十間の平らあり。其西に連り遺濠あり。

夫より子の方へニ町隔てたる馬場と称する所東西一町、南北二町、方今畑に変換たり。

築廃年号、千子不詳。」とある。


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押野城が構築されている押野山に構築された城砦の分布

akasina (5)
在りし日の押野城遺構図

まずはこの遺構図に沿って破壊前はどのようであったかを書いて行きたいと思います。

osinozyou1 (7)
2009年ころの押野城入り口を見る。


『寛政元年(1789)池田組村々明細帳』には「山の平拾間四方程、長峰と云ふ所の続きに是有り、南北西の三方に堀切

あり、川久保右近と云ふ人居住の由、当村庄屋平左衛門その末の由、但し堀と申所も有り。」とある。

この城主とされている川久保氏については、『御祓くばり日記』(天正9年・・1581)の『仁科分のおしの』に「新左衛門

茶三(三等級)」とありかなり身分の低い武士であった事が分かる。

*塔原氏が。。。のし50本・茶5袋(一等級)で光氏が。。。。茶10袋(二等級)であることからして下級の武士であること

がわかり在地土豪ではないかと思われる。


osinozyou1 (8)
堀切周辺を見る。

この頃は松や雑木により籔っていてみるのも苦労していたが。。。。。。


osinozyou1 (4)

osinozyou1 (3)
2014年2月頃の押野城を見る。。。。。。。

だいぶ変わってきましたね。。。。この頃からヤバそうな気はしていました。(汗)


osinozyou3.jpg
本郭から堀切を見る。

堀切には土塁が付属しているので写真では影になっている。


また、伝承として高田大和守繁晴の持城ともいう。また丸山主膳の居城とも伝えられている。

小笠原貞慶が府中松本に復帰すると、以前の武田氏侵攻時に武田氏に与した周囲の土豪達の攻略を始めた。

その中で日岐の丸山氏攻めがあるが、天正11年丸山丹波守は小笠原氏に服従し押野の内、定納万疋の知行を宛がわ

れており、その後日岐全域を安堵されている。

その中で丸山氏領となったことにより在地土豪であった川久保氏は没落し、一族の丸山主膳や高田大和守が配置された

のではないだろうか。この高田氏は現在も子孫の方が居館跡に住まわれている


セミ 2014.8.18 287
堀切を横から見る。

規模としては上幅3m程度なので、籔が茂っていたころは分かりづらかったが、これだけ伐採が進むと良く見えますね。


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押野城の本郭には城址碑と城主であったと伝承される高野氏の先祖神を祀る祠が建てられており、

城址碑後方には郭の縁を西側方北側へ囲むように構築された土塁が見える。

是を見て何故間伐をしていた森林組合は気付かなかったのであろうか。。。。。疑問が残る


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本郭に見られる土塁

高さは約30cm程度~1mと小規模である。


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本郭は45m×17mの楕円形で2014年時点では松と雑木が生い茂っていた。

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本郭北側尾根に三段の段郭と段郭から東側斜面に帯郭へと繋がる。

一つの特徴としては、本郭下の最初の郭の縁部には土塁が確認でき堀切であった可能性が窺える

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本郭西側斜面に見られる帯郭を見る

本郭西側(押野山山頂へと続く幅広の尾根)の防御として、帯郭・横掘がみられ城内で最大に防御の意識を払っている。


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城内西側斜面下を囲むように構築されている横掘を見る

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横掘を横から見る

この横掘は幅が広く、見方によっては帯郭の縁に土塁を築いた堡塁という見方も出来るであろう。

この西側に自然の沢を利用した堀が構築されている事を考えると、敵を迎え撃つ為の堡塁。。。。。。なのかな?


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押野山へと続く幅広の尾根に構築された厳重な防御を見る。

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自然の沢を利用した堀を見る。

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沢を利用した堀と押野城内で一番外側となる堀の間に構築された土塁を見る。

高さは約1.5m程度でこれらの堀と土塁を乗り越えて攻め込むのは中々難しいであろう。


osinozyou9 (4)
城内一番外側に構築された堀を見る。

この堀と沢を利用した堀は北側で合流し大きな沢となり下っていく。この沢に沿って推定大手道であると思われる

道が登って来ている。


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押野城と城が平を遠望する。

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城が平を見る

押野城の南側には城が平と呼ばれる広大な平地が存在する。

この平は昔畑や田圃に使用されていたようであるが、現状は籔となっている。湧水があるようで大きな水たまりとなって

おり城が存在していた頃も、城の水の手としてや西側の防御として使用されていたものと思われる。

この城が平の南側尾根の先端には狐山と称する物見台があったとも伝わる。


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破壊が進む押野城

今は破壊され見る事が出来ない遺構を見ていただきましたが、いかがだったでしょうか。

これだけ良く残る城跡を連絡ミスというお粗末な失敗により何百年も残されてきた遺構の破壊を許してしまった、

安曇野市に怒りを感じます。

『どうもスミマセンでした』ではすまないんですよ。。。。一応、埋蔵文化財法違反なんですけど。。。。

一般企業だったら罰金が科せられる事案なんですが。。。。。。公共事業なら謝っ済んでしまう。。。。。。。

おかしな話です。

次回は残っていた遺構と破壊されてしまった部分を比べながら紹介したいと思います。



~ 参考文献 ~

明科町誌               明科町誌刊行会     昭和59年

信濃の山城と館           宮坂 武男
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  1. 2015/03/04(水) 03:10:17|
  2. 安曇野市
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

ひどいですね・・・・

でいびす様 お邪魔させていただきます。
 ひどいですね。完全破壊に近いですね。
 私が昨日寄った茨城の城でも破壊が始まっていて、悲しくなりました。
 ブログにアップしておりますので、御来訪頂ければ幸いです。
 城郭遺構に対する、社会的な理解の向上が必要ですね。
  1. 2015/03/08(日) 09:14:30 |
  2. URL |
  3. 武蔵の五遁 #-
  4. [ 編集 ]

五遁さんへ

コメント有り難うございます。
城跡の破壊が止まりませんね。
やむを得ない破壊というものはあると思うのですが、そこに至るまでのプロセスが重要なのではないでしょうか。
今回はお互い話し合うのを忘れた。
というひどいもので呆れます。
  1. 2015/03/09(月) 22:08:17 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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