長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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松本市   桐原城附番所群①

気になってしょうがなかった武石道の番所達を訪ねる冒険。

所在地・・・・・松本市里山辺

訪城時間・・・・全てで8時間~9時間

危険度・・・・・★★★★★


※かなりの山奥なので単独行動は危険。また、熊・猟師・遭難に注意が必要

訪城日・・・・・2014年11月16日・2015年10月29日

この桐原城後方の山奥に存在する番所を知ったのは、松本市教育委員会主催の勉強会の資料とと資料館の古図を見たことである。

この古図に関連する武石道については、小笠原長時が武田信玄に府中を攻められた時に一時、桐原氏の居城である桐原城に避

難し、その後、桐原氏と共に武石道を通って村上氏の塩田城へ逃げた。

その時に、この道を使って武石峠を越えて小県まで行った事が分かっている。

現在残されている古図を見ると、武石道の起点が桐原城の麓から始まっており、城の存在意義として武石道を押さえる為に構築

されたことが分かる。

その為に長時は武石道を使用して逃げるために桐原城へ拠ったことが見えてくる。

また、長時が無事に逃げ遂せたのも桐原城の管轄が桐原城だけではなく、後方の尾根にある番所や砦までであり、これらの番所

や砦はまだ武田氏に占拠されていなかったからではないだろうか。

古図にも残り、歴史にも出てこないが活躍したであろう番所や砦達に興味を持ち調べてきたくなった。

しかし、古図が残っているにも関わらず、調べてみてもWeb上では検索できなかったので意を決して訪問してみることにした。


まずは、往古の桐原城の姿や武石道を管理・監視していたであろう番所や砦を描いた古図を見てみる。

kiriharabannsyo1 (5)
『桐原城古図』

来歴として、博物館に絵図が持ち込まれた時期・経緯は不明。

内容は、現在の入山辺桐原地区から里山辺藤井地区周辺までを描いた絵図で、桐原城と桐原村、その背後の山々が絵の大半を

占める。(濃い黒字は教育委員会が資料用に加筆)

古図の書かれた時期として、享保2年(1717)に起きた桐原村VS薄町・兎川寺・上金井・荒町4村との山論に際して、桐原村が絵師

に描かせた絵図またはその写しと考えられている。


kiriharabannsyo1 (6)
『桐原古図(写)』              松本市教育委員会主催の勉強会資料より転載    原図は松本市立博物館所蔵

kiriharabannsyo11 (1)
古図から現在の地図へ番所・砦の推定位置落とし込んでみる。               国土地理院2万5千分1地図使用

これに。。。。。武石道を入れてみると。。。。。

kiriharabannsyo11 (2)

こんな感じになる。

ただ、探し出すにも目印となるものが欲しい。。。。。。。。。で古図にあるものを探し出す。

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目印はこの『鳥っ水?』とある水場。。。。。。。。これを探し出し谷・尾根の形状を参考にその他の番所を探すという作戦。

でそれらしきものがあった場所が上の国土地理院の地図に落とした場所となる。

よく見ると国土地理院の地図にある登山道と古図にある武石道がおおむね重なっておりとても探すのに参考となった。

2年ほどかかったけど。。。。。。。執念深いかな(汗)


~ 起点 → 鳥っ水 ~

アプローチ方法は、美ヶ原林道で武石道が桐原から鞍部へ登り切る、1258.9mピーク脇まで車で登り、そこから武石道を下る。

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桐原から登ってくる武石道を見る。

kiriharabannsyo098 (6)
石道を200mほど下ると道端に石仏が見られる。(2014年時はそのまま桐原まで下った。)

kiriharabannsyo098 (1)
武石道に見られた石仏

その石仏のすぐ近くに。。。。。

kiriharabannsyo098 (5)
大きな木があり木の根元には窪みが見られる。

kiriharabannsyo098 (4)
そこからは今でも水が流れ出ていた。これが『鳥っ水?』と思われるが。。。。。。もう一つ確認。

『桐原城古図』には『鳥っ水?』のすぐ下まで『めくろうし沢』が来ていることが見られる。

これを確認すると。。。。


kiriharabannsyo098 (49)
古図の通りかなり深く険しい『めくろうし沢』が来ていることを確認したことにより、この水場が『鳥っ水』と断定する。

これを起点に番所・砦を調べた結果を紹介したいと思います。

ただし、今回確認した遺構などから分かったことは、古図では『堀切』など書かれているが、多くは砦・番所に武石道を取り込み、

番所・砦地点で深く掘り込み堀状にしているものや、道を土橋状に加工したり、確かに堀切か?というものがあった。

これらは番所として武石道を取り込み道を加工することで、人の監視や多くの軍勢を通過することを困難にする事が大きな任務

であったもので、戦いを想定したものではない事がうかがわれた。

なので現地では、きれいに加工した平坦地や切岸はほぼ見られなかった。


~ 桐原の武石道起点→藤富塚・番所 ~

bannsyo8943 (47)
武石道の起点から番所のある山を見る。

武石道の起点は桐原城の城下の一部で写真にある集落は、かつての桐原氏の重臣屋敷があった地であった。


bannsyo8943 (46)
武石道の山奥へ続く入り口

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bannsyo8943 (42)
武石道は集落から離れると車道は終わり、山道の両脇には耕作放棄された畑跡と石積みが見られるようになる。

bannsyo8943 (38)
さらに武石道を辿ると、めくろうし沢沿いを渡る。

このめくろうし沢の直上には目印となった『鳥っ水』が存在する。


bannsyo8943 (35)

bannsyo8943 (31)

めくろうし沢には、現在では見られないような古い砂防堰堤と思われるものが見られる。

波状に組まれた石積みは美しく、これ自体が遺跡として保存されてもいいようなものであるが、惜しいかな誰も訪れない山奥に

ひっそりと放置され存在自体を忘れ去られているのであろう。


s-IMG_20151031_0001_NEW.jpg
武石道の起点周辺遺跡の配置図

bannsyo8943 (30)
更に山道となった武石道を登ると標高930m(比高150m)地点に古図に描かれたそのもの番所遺構が現れる。

tamituka84765 (1)

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古図に見られる『富塚・番所』

古図には多くの塚と堀切が描かれているのが分かる。


bannsyo8943 (28)
武石道を登っていき尾根に着くと、武石道は堀状になる。

これが古図に描かれている番所で、堀切と思われる。


bannsyo84675.jpg
堀状の武石道は番所部分を抜けるとカーブして尾根を登っていく。

この堀状の武石道には土塁が付属しており、いざという時には武石道を通る者を土塁上から攻撃を仕掛けることを想定して

いたのであろう。


bannsyo8943 (24)
堀状の武石道に付属する土塁

bannsyo8943 (5)

堀状の武石道がカーブして尾根を登っていくが、堀はカーブせずに浅くなっているがそのまま尾根を掘り切っている。

このことから堀状の遺構は武石道による掘り込みではなく、尾根を掘り切る防御のための掘り込みで『堀切』であった事がわかる。


bannsyo8943 (15)

番所の建物はどこにあったのであろうか、平坦地を見ると堀状の武石道を挟んで山側は狭い平地があり、尾根の先端側には

写真のような広い平坦地がある。

現地を見て推定すると、武石道を挟んで山側の狭い平地と尾根先端側の土塁上に柵列を構築し、写真の尾根先端側には

番所の御小屋掛けをしていたものと思われる。


bannsyo8943 (74)
ただ、この小屋掛けの平坦地には山下の上金井の集落から道が登ってきており、番所の土塁が虎口状に開いている場所から

堀状の武石道に合流している。(この道は『桐原古城図』にも描かれている)

この番所はこれらの古道の合流点に設けられていたようで、推定大坂番所や霜降城などにも見られる。


また、この上金井からの道に沿って、古図にもあるように『富塚』が築かれている。

tamituka84765 (1)
桐原古図に見られる冨塚(境ふじつか)は、大小12個見られる。

fuzituka1 (1)

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現在は約7個しか確認できなかったが、古図の通り道の左側に大きな土盛(写真上)、右側に小さな土盛(写真下)が見られた。

また、この土盛から先の堀状の武石道の場所が番所跡であることが断定できる。


今回は猛烈に長くなってしまったので、今回はここまで。。。。。。。

番所跡の冒険は③まで続く予定ですので、どうぞお付き合いください。


今回紹介した『番所・富塚』はここ↓


大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )

『鳥っ水』の場所はここ↓


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  1. 2015/10/27(火) 22:07:07|
  2. 松本市
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
<<松本市  桐原城附番所群② | ホーム | 安曇野市   等々力城>>

コメント

始まりましたネ

古道を知る事で城の立地条件が見えてくる。
こんな当たり前の事が、なかなか出来そうで出来ない。そこを突っ込むあたりは流石です。

東信濃と中信濃を結ぶ古道といえば、保福寺街道がメインと考えがちですが、実は武石峠も重要な役割を担っていたらしい。しかしその実態は謎で道もすでに消えたと聞いていましたが、いよいよメスが入りますね。楽しみにしておりますw
  1. 2015/11/03(火) 07:05:37 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

タイムマシン発進~!

凄いですね!
これは凄い。楽しみです‼

埋もれた山城址を見る感動は、人が確かに生きた証に出会うことなのだと、改めて思いました。
ここはおそらく、長時が歯噛みしながら府中を後に村上へ落ちて行った道・・・当時彼が目にした風景を想像しつつ、楽しみに読ませていただきます。

山にはまだ、沢山のロマンが埋もれていますね~
  1. 2015/11/05(木) 21:45:15 |
  2. URL |
  3. かから #0x7wt1P.
  4. [ 編集 ]

Re: 始まりましたネ

らんまるさんコメントありがとうございます。
桐原城を調べてからず~っと気になって仕方がなかったので、
意を決して探してみました。
武石道は訪れてみるとよく残っており、古図の通りだったことに
驚きと昔の絵師の正確さに関心してしまいました。
山奥で鉄砲撃ちに会ったのもビビりましたがいい経験ができました。
  1. 2015/11/06(金) 19:38:02 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイムマシン発進~!

かから様コメントありがとうございます。
桐原城の番所群は気になって仕方がなかったんですよね~。
なんとか探しましたが、2年ほどたって改めて見ると大阪番所だと思い込んで
いた場所が古図と国土地理院の地図とのピークが違うことに気が付きました。
嘘は記事にできないのでこの間再度探してきました。
たぶん合っているとは思うのですが。。。。。何百年も前のことですからね。
戦国時代は面白い時代ですね。。。。。やめられません。
  1. 2015/11/06(金) 19:43:34 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

おもしろいです

お久しぶりです。
面白記事で、とても参考になりました。
前から、三才山、武石、扉、の各峠の歴史と
山城の分布に興味があったので
今後の展開を楽しみにしています
  1. 2015/11/08(日) 09:57:54 |
  2. URL |
  3. 丸馬出 #-
  4. [ 編集 ]

Re: おもしろいです

丸馬出様、返事が遅れてしまい申し訳ありません。

桐原城と背後にある番所群が古図を見てからず~っと気になって
仕方がなかったんですよね。。。笑
ついに行っちゃいました!!
本当にこの場所かな~ってな場所ばかりでしたが笑ってみてください。
  1. 2015/11/19(木) 02:51:08 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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