長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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生坂村  大日向(方)氏について

さ~・・高見の居館・城坂屋敷・馬場跡と大日向氏関連を見てきましたが、大日向氏とはどんな人たちだったのでしょうか。
一応、わかる範囲で調べてみましたので紹介したいと思います。



               ~大日向(方)氏について~



大日向氏は、応永七年の大塔合戦に近隣の宇留賀氏と共に仁科盛輝の旗下として反小笠原方として参戦している。

大日向氏初代 長利は井川城主小笠原貞朝の四男であったが父の貞朝と意見が合わずに貞朝の元を去った。

その後、仁科氏に仕えるようになり安曇郡大日向村に住んで在名を名乗り大日向氏を称した。

室町中期になると、水内郡牧之島城主の香坂氏の招きの応じて大日向の地を去り、水内郡小川村にあって

下末に住んだので下末大日向(方)氏と呼ばれるようになった。

この頃は武田氏に属していたが、武田氏が滅亡すると上杉氏に従うようになり各地を転戦していたが、

慶長三年(1598)の上杉景勝の会津移封に随行せず、元和八年(1622)に真田氏が松代に入封すると

その家臣となり200石を与えられたが致仕して帰り、以後は郷士の待遇を与えられ明治に到った。

小川村下末の大日向氏の居館は真那板城と呼ばれていて現在も子孫の方が住んでいる。

なお、大日向家には、応永七年大文字一揆党の目標として掲げた「大」文字入旗一流が所蔵されている。



『大日方系図』 上水内郡小川村高府  大日方英雄家所蔵によると・・



源長利(大日方小五郎) _____ 直政(讃岐守民部小舗) ______ 直忠(主税助弾正小弼)
      (改 長政)                 (信龍斎)                    (美作守)

となっている。(この系図に疑問を持っている資料もあるが・・。)



                  ~大日向氏関連史跡~

gy1.jpg

彦左衛門屋敷近くにある大日向氏の氏寺玉泉寺跡の説明板

gy2.jpg

玉泉寺跡へのあぜ道
(奥には砦跡とされる城平を見る。)


gy3.jpg

少し高台にあり現在は畑と墓地になっている。
(遺構は見られない)


gy6.jpg

古い宝筐印塔の笠を見る。

gy8.jpg

gy4.jpg

他にも五輪塔・宝筐印塔の残欠も見られ、この寺の古さがうかがえるものの、大日方氏の物は伝えられていないようだ。

(一番下の写真の墓石の下から人骨が出ていてビックリ!いつのものだろ。。) (>_<) 


zo1.jpg

こちらは大日方氏の居館とされる内城近くにある氏寺とされる常円寺跡の説明板です。
(大日方氏には何故、氏寺が二つもあるのであろう。。。?)


zo2.jpg

zo3.jpg

現在は、分校跡、畑になっていて石仏・墓碑が藪の中にあるのみである。

zo5.jpg

zo4.jpg

寺跡にある分校の建物・・・ただの・・廃墟でした。不気味だ・・。

tk2.jpg

高見の居館近くにある古い墓所である。

tk1.jpg

ここにも混在した五輪塔の残欠が見られる。



               ~その他の周辺宗教施設~

ob2.jpg

大日方神社を見る。

ob3.jpg

高見の居館近くの阿弥陀堂を見る。

ob5.jpg

地蔵堂を見る。

P6037408.jpg

内城の中にあったと思われる阿弥陀堂跡を見る。

この台地上には氏寺の二つ以外に、大日方神社・延命地蔵堂・阿弥陀堂など宗教関係のものが見られこの地がかつては
かなりの財力と宗教観をもった地域だったことがうかがえる。
大日方氏によるものであろうか。


~参考文献~

生坂村誌    (生坂村誌刊行会    平成9年)

池田町誌    (池田町誌編纂委員会  平成4年)
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  1. 2012/06/02(土) 22:33:07|
  2. 信濃の武将
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:8
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コメント

生坂村、凄いんです

こんばんは。

懐かしいですねえ。

宇留賀城を探して右往左往していた時に何度も通った道でございます(笑)
犀川に分断された深い渓谷で構成される山間の鄙びた村には21ヶ所の中世城館跡があるなんて驚きです。
往時は長野県の主要都市だったということになりますかね(爆)
何も無い大岡村とともに好きな場所です。
宇留賀城の城主の末裔である井口さん、お元気でしょうか。お世話になりました。
ていぴすさん、もしかしたら仁熊城も攻め落としたんですか??あそこを攻めた猛者には自慢話を聞いてみたいものですが…(笑)
  1. 2012/06/09(土) 20:39:37 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

Re: 生坂村、凄いんです

> こんばんは。
>
> 懐かしいですねえ。
>
> 宇留賀城を探して右往左往していた時に何度も通った道でございます(笑)
> 犀川に分断された深い渓谷で構成される山間の鄙びた村には21ヶ所の中世城館跡があるなんて驚きです。
> 往時は長野県の主要都市だったということになりますかね(爆)
> 何も無い大岡村とともに好きな場所です。
> 宇留賀城の城主の末裔である井口さん、お元気でしょうか。お世話になりました。
> ていぴすさん、もしかしたら仁熊城も攻め落としたんですか??あそこを攻めた猛者には自慢話を聞いてみたいものですが…(笑)


らんまるさんいつもコメントありがとうございます。
生坂村の城館をマスターすべく通っていますが・・・なかなか(-_-;)
あと5~6ヵ所ってところでしょうか。
仁熊城ですが・・まだです。
今年の冬に四賀地区の猿が城と共に攻略する予定ですが。
難しそうですね。
  1. 2012/06/11(月) 18:01:44 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

自分、大日向って名字なんですがここ関係ある土地なんですかね(・_・)実家は茨城です…
  1. 2012/09/24(月) 05:26:29 |
  2. URL |
  3. #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> 自分、大日向って名字なんですがここ関係ある土地なんですかね(・_・)実家は茨城です…


コメントありがとうございます。

大日向氏についてはあまり詳しくはわかっていませんが、
小笠原氏の分流とされる大日向氏は、生坂村の大日方から小川村の下末に
室町中期に移り下末大日向氏と呼ばれたようです。
ただ、下末大日向氏と呼ばれるからには、他の呼ばれ方をした大日向氏がいたのは確かなようです。

そちらの方は、自分が持っている文献には記載がないので詳しいことはわかりません。

下末大日向氏については、上杉氏に臣従していたが上杉氏の会津移封に従わずに、
松代の真田氏に臣従するようになり、以後、郷士となり明治に至ったようです。

現在も小川村の下末の真名板城(大日向氏居館跡)に居住されておられます。
こちらの大日向氏は分流を出さない決まりのようです。

すみません。断定はできませんが可能性は無くはないと思います。

  1. 2012/09/24(月) 20:33:30 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

丁寧な回答ありがとうございます!
うーむ、何かロマンを感じますな…一度行ってみようかな…
  1. 2012/09/25(火) 11:48:28 |
  2. URL |
  3. #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> 丁寧な回答ありがとうございます!
> うーむ、何かロマンを感じますな…一度行ってみようかな…


こちらこそありがとうございました。
ぜひ訪れてみて下さい。
これからもよろしくお願いします。
  1. 2012/09/25(火) 21:43:25 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

懐かしくて

私は生坂村大日向生まれで高校卒業後は東京に出て現在に至っております。
もう実家も無くなり帰ることもありませんが、懐かしく見させて頂きました。大日向にこんな歴史があったなんて始めて知りました。写真の保育園に私お世話になりました。
機会が有りましたらゆっくり歩いてみたいものです。
  1. 2014/08/16(土) 15:01:32 |
  2. URL |
  3. のぶ #-
  4. [ 編集 ]

Re: 懐かしくて

のぶ様御来訪ありがとうございます。
生坂村も過疎が進んでいるようですが、長野県の歴史に重要な役割を果たした場所です。
村内に数多くの城館跡が残されそれらに城址碑・看板が備えられ史跡保存に力を入れられて
いる珍しくうれしい村です。
生坂村が栄えていってもらえるとうれしいのですが。。。。
  1. 2014/08/17(日) 22:28:11 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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さ~・・高見の居館・城坂屋敷・馬場跡と大日向氏関連を見てきましたが、大日向氏とはどんな人たちだったのでしょうか。一応、わかる範囲で調べてみましたので紹介したいと思います...
  1. 2012/06/10(日) 05:38:17 |
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