長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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生坂村  金戸山城

所在地・・・・生坂村東広津金戸                            訪城時間・・・・60~70分

別 名・・・・なし                                     危険度・・・・★★☆☆☆

訪城目印・・・・会神社(裏に登山道あり)



                ~金戸山城の歴史~

宇留賀氏の砦で、標高766mの山清路の左岸山上にある100mの平地で、人工を加えた跡はない。
寛政元年『池田組明細帳』に「古城一ヶ所、金床山(略)上ノ平百間ニ五十間程、下ノ平百間ニ三十間程、
当時草場ニ相成ル、頂上ニ秋葉大権現社有リ、外小堂有リ」とある。
上の平には石灯籠と百体観音の一部が、やや下に秋葉社がある。
200mほど北へ下った所に、古城と呼ばれる独立した小峰があるが、崖崩れで平地も狭い。
人口を加えた跡はないが、犀川べりを見下ろす高台で眺望良く、対岸には猿が城があり、宇留賀氏の物見台であろう。
「文治四年(1188)落城 平乗頼公が住居の由」と『長野県町村誌』に載る。
周辺に城・古城・陣が沢・スグジなどの地名がある。
登り口の南会には「嘉吉三年(1443)盛重 、 蔵之進 」と刻んだ会の宝筐印塔と呼ばれるものがある。



                 ~城跡の現状~

kanatokoyama1.jpg

城跡の登り口、会神社にある金戸山の案内板を見る。
この山は地元の方々が整備をされていて登山道・休憩所などきれいで安心して登ることが出来る。
地元の方に感謝です。


kanatokoyama2 (2)

神社裏の登山道を少し登るとこの「いのくぼ」と呼ばれる広大な平地に出る。
「長野県町村誌」に出る「平乗頼公が居住」とあるのはこの部分で、山頂に物見を置いたのではないだろうか。


kanatokoyama3.jpg

山頂側にある壁面には多くの石仏がある。
この山は信州の城によくある、信仰の対象だった山を城郭にし、神様の力を味方にしようとしたのであろう。


kanatokoyama2.jpg

「いのくぼ」から山頂に向かってさらに登って行くとこの「馬止石」なるものが現れる。
城跡に関連するものか、山頂にあった御嶽社に関連するものか不明。
この細い山道に石を置き、敵の進撃を食い止める関門であったのであろうか?
そもそも・・・ここまで・・馬はむりだろ・・・。


kanatokoyama7.jpg

いのくぼから結構険しい道を登ってくるとこの広大な開けた場所に出る。
こんな険しい山の上とは思えないほど広い平地である。
右に見えるピークが城跡で、逆に左に行くと神社の跡がある小高いピークがある。


kanatokoyama8.jpg

城跡のあるピークに行く手前の自然の窪み?(上の写真の窪みから続いている)
これも防御に利用したのであろうか。


kanatokoyama9.jpg

広大な平地を過ぎて山頂に登って行くと写真のような大きな岩が現れるようになり、石仏も増えてくる。

kanatokoyama10.jpg

kanatokoyama12.jpg

題名「石の上にも三年」です。
山頂付近には百体観音の石仏が沢山ある。石仏に興味がある人は是非!


kanatokoyama11.jpg

kanatokoyama13.jpg

城跡のある山頂の周りを見る。
周囲は岩と急斜面により自然の切岸に守られ手を加える必要が無かったのであろう。


kanetokoyama15.jpg

城跡にある説明板です。
山頂まで登ったご褒美ですね。


kanatokoyama18.jpg

城跡を見る。
山頂に平場があるとされているが、登ってみると岩が多く自然のままで、人工の平場ではないことが分かる。
これは岩が邪魔で加工が出来なかった為であろう。


kanetokoyama19.jpg

平場の隅に狼煙岩といわれている岩がある。
近づいてみると・・・


kanatokoyama14.jpg

穴が開いていました・・・ここで狼煙を上げたのかな?そんな馬鹿な・・小さいだろ。
岩がある場所は、本城の宇留賀城のある方向にあるので狼煙を上げた岩であろうということになしちゃえ・・・・
なんてことだったりして・・・・ (-_-;)


kanatokoyama16.jpg

これが、説明にあった下ノ平百間×三十間ってやつかな?
こちらも結構大きな平場で信州新町方面が見える。
けど・・物見の砦にこんな大きな平場二つ必要だったのかな?


kanatokoyama17.jpg

下ノ平は明らかな人工の跡できれいに削平されていて、番士の小屋掛けであろうか。
宇留賀氏の詰の城説もあったような~?
確かに、本城の宇留賀城は石積・堀切等技術的には良くできた城ではあるが、比高が小さく要害の地ではない。
金戸山が宇留賀氏の御天城的なものであったのではないだろうか。
だから神様の力が必要だったのかな?


kanatokoyama6.jpg

山頂付近からの景色・・・絶景かな・絶景かな・・苦労した人だけの御褒美ですな。

一応、ついでに・・・・


kanetokoyama22.jpg

城跡とは別に山頂付近にはもう一つピークがあり、御嶽神社跡がある。
この神社跡には現在、石段の跡と礎石のような石があるのみである。
あとは・・ただの藪です。行く価値があるかどうかは・・あなた次第!


kanetokoyama22 (2)

神社跡から見上げる城跡のピーク。
城跡があった頃にはもちろん神社もあったであろうから神聖な場所への築城・神社と城の関係・
この周辺の宗教観等考えてみる必要があるものと思われる。



~参考文献~

生坂村誌   (生坂村誌刊行会   平成9年)

山城探訪   (宮坂 武男     平成10年)
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  1. 2012/06/08(金) 03:33:44|
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