長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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生坂村  宇留賀氏について

生坂村の宇留賀周辺を紹介していますので、ここで宇留賀氏についてわかる範囲で紹介したいと思います。

ただし、地方の小豪族なので残っている資料も少ないのでわかっていることも少ないですがお付き合い下さい。


宇留賀氏の所領は現在の生坂村広津の宇留賀に本拠を置き、金熊川下流域を支配していた豪族である。
宇留賀氏の初見は「大塔合戦記」で、応永七年九月の更科郡大塔付近で行われた大塔合戦で、
宇留賀氏は仁科弾正少弼盛輝の配下として大日向氏と共に戦っている。

宇留賀氏は定紋に上羽蝶を使用し支流のようであり、「渋田見系図」には、
「勢州ヨリ信州ニ来ル時、従属シ来ル旧臣三代 宇留賀能登守教経ノ孫也ト云」
とあり伊勢国から信州に移住して、仁科氏に仕え仁科家所領のうち安曇郡宇留賀村を領して宇留賀氏を称した。

「生坂村誌」では、鎌倉時代に大町仁科氏が一族の仁科六郎隆俊を宇留賀に送り込み宇留賀氏を名乗らせたという伝承をのせている。どちらにしても仁科氏の関係した氏族が宇留賀氏を称して仁科氏の北方の拠点として守っていたものと思われる。

天文二十年(1551)武田氏来攻の時の伝承として、宇留賀城主宇留賀四郎兵衛が武田氏と戦おうとしていた時、
家老の井口氏が裏切り宇留賀四郎を追放し武田氏に降ってしまったと伝えられている。

その後、宇留賀氏は安曇郡等々力に土着し宇留賀四郎の子孫、宇留賀与兵衛は、天正十年(1582)に小笠原長の三男貞慶が府中深志城を回復すると小笠原氏に仕えるようになり、筑摩、安曇両郡の平定戦に士大将として転戦している。

資料には、天正十二年(1584)四月の貞慶の麻績城攻めに、犬飼久知の部将として宇留賀与兵衛が活躍しており、
天正十八年(1590)六月下旬の豊臣秀吉の武蔵八王子攻めの時、貞慶の子、貞政(秀政)に従属していた宇留賀与兵衛は貞慶から戦況を伝える書状を受けており、小笠原氏から厚遇されていたことがうかがえる。




            ~宇留賀氏・井口氏関連遺跡~

井口氏五輪塔

iguchigorinntou1.jpg

現在、宇留賀氏(井口氏)の五輪塔といわれているものは生坂村の文化財に指定されている。
ここには井口氏=宇留賀氏とあるが・・・宇留賀四郎を追放した後井口氏は宇留賀氏を名乗ったのであろうか?
そこのところを詳しく書かれている資料が無いのでわからないのであるが?


iguchigorinntou2.jpg

iguchigorinntou3.jpg

説明板には宇留賀氏の五輪塔・標柱には井口氏の五輪塔・・・わからん。
「生坂村誌」によれば、この五輪塔は宇留賀才光寺の井口氏屋敷地にあり(宇留賀城下より移した)、安山岩製で高さ約120cmの大きいもので、形状が大変整っていて室町時代中期と推測される。
大きさからみて名のある武士か僧侶のものであろうとしている。


才光寺跡

urugasaikouzi6.jpg

この才光寺は八坂村の覚音寺の坊があったといわれていてこの寺跡に井口氏の五輪塔がある。
八坂村といえば・・仁科氏の勢力範囲であり、宇留賀氏も仁科氏関係の氏族であるのでその関係でここに覚音寺の坊があったのであろうか?
ここに五輪塔があるということは、宇留賀氏もしくは井口氏の菩提寺であったのであろうか?


urugasaikouzi 5

才光寺跡を見る。奥にある藪の中に五輪塔・毘沙門堂がある。

urugasaikouzi1.jpg

寺に関係する石仏・卵塔が残る。 

urugasaikouzi2.jpg

寺跡には古い五輪塔の笠が残りこの寺の古さがわかる。 

会の宝筐印塔

aihoyoinntou1.jpg

村の指定文化財となっている宝筐印塔である。
宝筐印塔のある会は宇留賀の枝郷であった。
「生坂村誌」によれば、「正長元年」、「嘉吉三年」、「盛重」、「蔵之進」などの陰刻銘があり、字形や彫りの状況からみて刻字は室町時代とするには疑問が残るが、塔の形状からは室町時代の早いころの造立とみてよいようにおもわれ、宇留賀氏または家臣の牛越氏のものと思われる。
宝筐印塔のある場所は、牛越氏の墓地の中にある。


aihouyouinntou2.jpg

とてもじゃないけど・・・読めん。でも・・「盛」の字くらいは読めます。(#^.^#)

aihoukyouinntou3.jpg

aihouyoinntou5.jpg

左の物は完存・右の物は寄せ集めですな。
でも・・500~600年前のものが残ってるってすごいですよね!


才光寺の毘沙門天像

ikusakamuraurugasyuuhenn 011

ikusakamuraurugasyuuhenn 012

この毘沙門堂にある毘沙門像は高さ八十六cmほどで木造ヒノキ材寄せ木造りの彩色像であるが、
宝塔を捧げる形はとらず鉾を持つ異形である。
かつては宇留賀氏居館跡に安置されていたものであるが、井口氏により才光寺跡に移された。


ikusakamuraurugasyuuhenn 016

毘沙門天像は室町時代後期の彫制と推測され、宇留賀氏にゆかりをもつと推測されている。

以上、宇留賀氏に関係すると思われるものをアップしてきましたが、少しでも地方小豪族宇留賀氏を
御理解いただけたらうれしいです。 (*^^)v   
 



~参考文献~

生坂村誌         (生坂村誌刊行会  平成9年)

生坂村誌 文化財編

目で見る郷土の誇り生坂  (生坂村誌刊行会  平成2年)
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  1. 2012/06/09(土) 04:51:49|
  2. 信濃の武将
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

ウザいほどお邪魔します

なるほど、良く調べられましたなあー。

小生などは宇留賀氏が川中島の戦い後に帰農して井口氏を名乗ったのだと思い込んでおりましたが、下剋上であった訳ですねえ(汗)
生坂村の教育員会も史跡整備に熱中するあまり、史実の検証は後手に回ったという事でしょうか(笑)

話は変わりますが、下生坂から込地や入山へ抜ける「はぎの尾峠」が近年まで住民の生活道路だったというのは信じられません。
入山分校の生徒が通学路として毎日通ったなんて凄すぎます(汗)
竪掘りのような通学路などこの世のものとは思えず、小生などは引き籠りになっていたと思います(爆)
  1. 2012/06/18(月) 21:00:11 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

Re: ウザいほどお邪魔します

> なるほど、良く調べられましたなあー。
>
> 小生などは宇留賀氏が川中島の戦い後に帰農して井口氏を名乗ったのだと思い込んでおりましたが、下剋上であった訳ですねえ(汗)
> 生坂村の教育員会も史跡整備に熱中するあまり、史実の検証は後手に回ったという事でしょうか(笑)
>
> 話は変わりますが、下生坂から込地や入山へ抜ける「はぎの尾峠」が近年まで住民の生活道路だったというのは信じられません。
> 入山分校の生徒が通学路として毎日通ったなんて凄すぎます(汗)
> 竪掘りのような通学路などこの世のものとは思えず、小生などは引き籠りになっていたと思います(爆)


まいどありがとうございます。
コメントいただけるのはらんまるさんだけですので・・・・ありがたいです。(*^^)v
生坂村の人たちは通学にはかなりの苦労をされていたようで、
丸山・入山地籍の方は大城の尾根上の眠峠を越えたり、池沢部落の方は横尾峠を越えたり、
昔の人たちの足腰の強さの理由がわかりますね。
そういえば・・・池沢部落出身の方から聞いた情報では、
大城裏の丸山地籍の東側の岩殿山には上杉か武田の埋蔵金伝説があるようで、
「朝日、出ずる・・・」なんとかっていう言葉もあるようですよ。
興味湧きますね。
  1. 2012/06/19(火) 10:27:29 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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