長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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生坂村  小池城

丸山 政友 四部作 第三部

所在地・・・・生坂村小立野                                    訪城時間・・・・80分

別 名・・・・大池城                                         危険度・・・・★★★★★

訪城目印・・・・中がいと居館




                   ~小池城の歴史~


「信府統記」の小立野小池山古城地の項には、

「小立野村ヨリ丑ノ方十七町、本城ノ平南北七間・東西三間ニノ曲輪長十三間、横三間・城主知レズ」とあり、

「東筑摩郡誌」の小池山ノ砦址の項では、

「丸山氏の持城にして、天文年間、櫛木紀伊守政盛之を守れり。」と書かれている。

「生坂村誌」の小池城の項を見ると明確な城の歴史の記載はないものの他の資料にはない記載がある。

「犀川右岸、天神沢出口の山頂にあった。東と西は急な斜面、北はやせ尾根続きに下生野山の三角点に通じ、

西は尾根続きに低くなり犀川へ下る。標高750m、平の集落との比高230mである。

周辺の地名は城の峰・城の下・やっこがあり、東南50m下には「古屋敷」があり、大田氏が昭和30年代まで居住した。

大田氏は番兵の末孫であるといわれており、300m東には白牧部落が昭和30年代まであり、平野氏がいた。

平野氏も番兵の末孫といわれていた。

山城のすぐ下を通る峰道を古来から峰々を結ぶ大事な道であった。

この城は、犀川ベリを監視し、峰通りをおさえるための丸山氏の砦であろう。とある。

これらの資料をまとめると、小池城は天神沢の道や峰道を抑えるために丸山氏が築いた砦で、丸山政友が守って

居たが武田氏との戦いで政友が討ち死にしてしまうと、城番が置かれたものと思われる(名前伝わらず)。

府中に小笠原氏が復活すると小笠原氏家臣の櫛木紀伊守政盛が入り城主となっていて、普段は櫛木氏の下にいた

大田氏・平野氏などが城番をして古屋敷や白牧に住んでいたのであろう。



                   ~城跡の現状~

ikusakakoikekyokann16.jpg

説明が難しいので・・へたくそながら「山城探訪」を参考に書いてみました。・・・笑わないでね。
前回書いた中野山城と隣接し、城主も同じなのに規模が段違いに違い城の重要度がうかがわれる。
この図の郭の名前に沿って説明していきます。


ikusakakoikenobori1.jpg

ikusakakoikenobori2.jpg

小池城へは、天神沢方面の尾根先端から尾根筋に道がありそうだが、未確認である。
今回は天神沢の道路沿いの登りやすい場所から尾根上へ直登しました。(かなりきつかった)
尾根筋は写真のように細尾根で気を使う。


ikusakakoikenobori3.jpg

一番の難関は尾根上の居館直前にあるこの垂直に切り立った高まりである。
ここは最後に載せる遠望でわかるんですけど・・・犀川側は崖で、落ちたら100%死亡である。
かなりの注意が必要なのと一人での登山はお勧めしません。


ikusakakoikenagame2.jpg

尾根上の崖の難関からの眺め。
犀川側は崖の為に眺めは最高である。。。。。。落ちないようにね!


ikusakakoikekyokann1.jpg

居館入り口の土橋状の尾根と居館(竹藪)さらに後方に見えている山頂が小池城である。
この高い山の上に突然竹藪が現れビックリです。
  


ikusakakoikekyokann2.jpg

ikusakakoikekyokann3.jpg

居館手前の尾根の脇(犀川側)には段郭が見られる。
何故この高い山の崖側に段郭が必要だったのだろう?  不思議だ!


ikusakakoikekyokann10.jpg

ikusakakoikekyokann12.jpg

戦時の居住区と思われる居館跡の虎口である。
この虎口は明確であり、尾根筋が土橋状で郭側に切岸・土塁が築かれている。
  


ikusakakoikekyokann8.jpg

居館跡の虎口に付属する土塁を見る。
明らかに虎口を守る目的をもった土塁であり、虎口・土塁・切岸など発達した築城技術が見られる。


ikusakakoikekyokann4.jpg

居館跡はきれいな削平がされているが、竹藪がひどく見て歩くのが大変である。

ikuskakoikekyokann6.jpg

居館跡には井戸跡といわれる窪みがあり、掘ってみるとすぐに湿ってくるが埋まっていて探すのに苦労する。

ikusakakoikekyokann13.jpg

居館跡の平地と右側は小池城の斜面を見る。
たぶん以前は、この斜面を巻くように道があったと思われるが、現在この踏み跡は崩落しており歩くことは難しい。
今はこの高さ約30m程の急斜面を這うようにしてよじ登るしかない。


以上、今回は城跡の居館跡を見てきましたがあと2回程かけて小池城中枢と番兵が居たとされる古屋敷を紹介していきたいと思いますのでお付き合いください。
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  1. 2012/06/17(日) 00:14:03|
  2. 生坂村
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5
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コメント

重病ですなあー

犀川縁の景色、最高ですねえー、烽火も上がってます(笑)
このような場所に1時間20分かけて登るというのは超人でございます。小生は頼まれても嫌ですね。

鳥瞰図、なかなかどうしてイイと思います。
縄張図では高低の差が等高線を読まないと判りづらい欠点がありますが、鳥瞰図にすると一目瞭然なので一見さんには優しいと思われます。

あっ、そうそう「城と古戦場」のマサハレさんのHPにリンク先として公表されてましたよ。
信州の山城を扱うブログとして、全国区のパイオニアであるマサハレさんのHPに記載されるのは名誉なことでございます。
続編、楽しみです。
  1. 2012/06/23(土) 21:30:11 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

Re: 重病ですなあー

> 犀川縁の景色、最高ですねえー、烽火も上がってます(笑)
> このような場所に1時間20分かけて登るというのは超人でございます。小生は頼まれても嫌ですね。
>
> 鳥瞰図、なかなかどうしてイイと思います。
> 縄張図では高低の差が等高線を読まないと判りづらい欠点がありますが、鳥瞰図にすると一目瞭然なので一見さんには優しいと思われます。
>
> あっ、そうそう「城と古戦場」のマサハレさんのHPにリンク先として公表されてましたよ。
> 信州の山城を扱うブログとして、全国区のパイオニアであるマサハレさんのHPに記載されるのは名誉なことでございます。
> 続編、楽しみです。



らんまるさん、いつもコメントありがとうございます。
一応、信州の城をマスターするという野望?があるので、
山奥であろうと行かなければいけないという強迫観念が湧いてくるので・・・・
やはり病気かも?家族もあきれて何も言いません・・・(-_-;)
図に関しては・・・勉強してまいります。
リンクの件に関しましては教えていただきありがとうございます。
御挨拶しておきます。
  1. 2012/06/24(日) 15:46:31 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

小池城の登り口

お久しぶりです。小池城を先日、下生野の集落の林道(北側)から攻めまして、三つの峰を上り下りして捜しましたが見つかりませんでした。
 天神沢といいますと、南側ですね。こちらがわにも道があり、途中から北に入る道がありますが、この道から攻め寄せることができますか?
 とにかく攻める山がわかりませんので、また延々と尾根道をあるきそうで、なんとか目印を教えてください。
  1. 2012/07/20(金) 14:05:59 |
  2. URL |
  3. 富岡武蔵 #-
  4. [ 編集 ]

Re: Re: 小池城の登り口

> > お久しぶりです。小池城を先日、下生野の集落の林道(北側)から攻めまして、三つの峰を上り下りして捜しましたが見つかりませんでした。
> >  天神沢といいますと、南側ですね。こちらがわにも道があり、途中から北に入る道がありますが、この道から攻め寄せることができますか?
> >  とにかく攻める山がわかりませんので、また延々と尾根道をあるきそうで、なんとか目印を教えてください。


すみません コメントいただいたのに遅れてしまいまして。
小池城についてですけど。。。
県道276号線(犀川沿いの道)から
天神沢沿いに道が小立野入に向かって走っていますが、その山沿いの道の入り口に(中野山城と小池城がある
山に挟まれた場所)両脇に家が建っています。
北側の家の裏山に登れば小池城で南側の家の裏の沢(天神沢)を越えて山を登れば中野山城となります。
自分は北側の家の裏からは気まずかったので、道を天神沢沿いに100mほど歩いた急斜面を
直登しました。(とにかく天神沢の入り口、犀川沿いの尾根を登れば、3つほどピークを越えて着きます)
説明がへたですみません。目印が無いもので。。。。
どうしてもわからなければご案内しますが。
  1. 2012/07/23(月) 18:24:32 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2012/07/23(月) 22:22:01 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集 ]

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