長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

生坂村  高松薬師城

丸山 政友 四部作 最終章


所在地・・・・生坂村小立野                         訪城時間・・・・(林道使用出来れば)20分

別 名・・・・横谷城                              危険度・・・・★★★☆☆

訪城目印・・・・岩洲公園



                ~薬師城の歴史~

「生坂村誌」には、薬師峰と明科潮沢との境で、生坂山地岩洲地帯の東南端、急な岩山の頂上で、

北側は比較的緩やかであるが残る三方は断崖である。

北側と東側の下には俗に善光寺街道とも呼ばれる川手方面から西条・坂北方面へ通じる古い山道がある。

標高870m  麓の集落との比高さは220mである。

明治の頃に薬草の根を掘った人が、刀のつば、こうがいを発掘したというが所在は不明である。

北方の尾根続き600mには猿が城がある。(次回、アップ予定)

「信府統記」には「丸山氏の持城ニヤ」とあり、

「安筑古城開基」には、「天文年間丸山丹波の伯父、丸山筑前政友ここにいる」とある。

この城は武田氏に備えて南方の守りとして築かれたと考えられ、本郭からは会田氏関係の山城や

日岐大城は見えるが、万平・日岐城は見えないので西方尾根先700mにある薬師の峰までが城域で

戦いのための城というより、物見・威嚇のための城であったと思われる。



   
             ~城跡の現状~


ikusakatakmaatu1.jpg

高松薬師城のある岩洲公園の略図を見る。
(写真では見ずらいが、現地で見ても見ずらい! (・へ・)
  


ikusakatakamatu35.jpg

林道から見る城跡がある山頂
(岩がむき出しで険しさが登る前からわかってしまうのが恐怖)
 


ikusakatakamatu2.jpg

ikusakatakamatu3.jpg

登山道はきれいに整備されており、迷ったりする心配はないが、岩などがあり険しい。

ikusakatakamatu5.jpg

高松薬師城(横谷城)入り口の看板 (たぶんここが大手)

(ここから登ると険しいんです。。。実はここを通り過ぎ搦め手から入ると簡単に入れるんです。)


ikusakatakamatu6.jpg

大手から登るとこの不思議な岩があります。
(なんで穴があいているんだろ?)


ikusakatakamatu4.jpg

大手から登ると本郭の切岸と堀切があります。
(切岸の手前にはかなり埋まってしまっているが堀切があります。) 


ikusakatakamatu7.jpg

堀切を横から見る。
(掘切は埋まってしまっていて普通に通り過ぎてしまいそうなくらいです。)


ikusakatakmatu8.jpg

定番の生坂村様の説明板をありがたく拝見します。

ikusakatakamatu11.jpg

本郭の南側には土塁が確認できます。

ikusakatakamatu13.jpg

土塁を横から見る。
(この土塁は城内で唯一のもので、高さは20~30cm程度で防御施設としては意味があるのか疑問である。)
 


ikusakatakamatu33.jpg

本郭全景を見る。
(藪でわかりずらいが・・・本物を見ても狭いです。本郭とはいうものの居住空間が取れないほど狭いです。)


ikusakatakmatu15.jpg

本郭の西側にある堀切を見る。
(説明板にあるように埋まってしまって正面から見てもよくわかりません。)


ikusakatakamatu15.jpg

なので。。。斜面を降りて下から撮ってみました。なんとなく掘ってあるのがわかりますよね。
(堀切は二本あるそうですが藪の為、もう一本は未確認)


ikusakatakamatu16.jpg

本郭の斜面から堀切を斜めから見てみました。
(わからんかな?)


ikusakatakamatu20.jpg

本郭の北側下にある馬やくぼの説明板を見る。
こんな岩山の上に馬がいたのだろうか?


ikusakatakamatu18.jpg

馬やくぼから本郭を見上げる。

ikusakatakamatu19.jpg

ikusakatakamatu22.jpg

馬やくぼを見る。
(北側斜面の下にあるので昼間でも薄暗く。。。写真も光量不足になってしまいました。 (-_-;)
この馬やくぼ。。。。佐々野城のうまやくぼに似ている。。。この周辺の城にはうまやくぼが多い。。?)


ikusakatakamatu31.jpg

東尾根続き側にある自然の岩を利用した切岸と堀切を見る。
この東尾根を約500mたどると猿が城があり薬師城の詰城といわれている。


ikusakatakamatu26.jpg

堀切を横から見る。
この堀切と切岸が城内で一番防御意識がうかがえる。


以上、高松薬師城を見てきましたが、この城は狭く、土塁・堀も小さい為、戦う城というよりやはり
物見・威嚇程度が限度であろう。
政友が居城していたといわれているが、丸山氏の家老の政友がこんな城に居るわけもなくただ管理していた。。。
っという程度であろう。

今回の訪城は6月という事もあり、藪になっていて写真も見難いものとなってしまった。
これでは・・・・許されない。いずれ・・・絶対リベンジだ。
今回は、薬師の峰の物見もいけなかったので、必ず冬にリベンジしたいと思います。こうご期待。



次回は・・・・薬師城の詰城とされる猿が城をお届けします。


~参考文献~

生坂村誌   (生坂村誌刊行会   平成9年)
スポンサーサイト
  1. 2012/06/20(水) 20:44:29|
  2. 生坂村
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<生坂村  猿が城 | ホーム | ついにやったぜ!>>

コメント

恐れ入りましたあー

この城に関してWEB上で公開されているのは「城と古戦場」のマサハレ殿と今は故人となった「山のてっぺんブログ」様だけだと記憶しています。
地図で見る限りは「岩州公園」とあるので、ブランコや滑り台を想像しますが、「誰が登るんじゃい!!」と突っ込みを入れたくなりますが、それなりに整備されているようですね(笑)
お見事です。しかし重症ですね(爆)

7日の件、了解です。
貴殿の執念にお付き合いしますので宜しくです。
貴重な発見となりそうですね。
  1. 2012/06/27(水) 22:47:56 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

Re: 恐れ入りましたあー

> この城に関してWEB上で公開されているのは「城と古戦場」のマサハレ殿と今は故人となった「山のてっぺんブログ」様だけだと記憶しています。
> 地図で見る限りは「岩州公園」とあるので、ブランコや滑り台を想像しますが、「誰が登るんじゃい!!」と突っ込みを入れたくなりますが、それなりに整備されているようですね(笑)
> お見事です。しかし重症ですね(爆)
>
> 7日の件、了解です。
> 貴殿の執念にお付き合いしますので宜しくです。
> 貴重な発見となりそうですね。


らんまるさん、コメントありがとうございます。
7日楽しみにしています。
  1. 2012/06/28(木) 04:51:48 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://osirozuki.blog.fc2.com/tb.php/70-17f06052
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ていぴす

Author:ていぴす
見に来ていただきありがとうございます。
現在の長野県内城跡訪城数は   814城です。

少しずつ増やしていきますのでお楽しみに!
写真にはこだわっていきます!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
初めまして (1)
信濃の武将 (11)
松本市 (47)
安曇野市 (33)
塩尻市 (15)
筑北村 (5)
生坂村 (36)
池田町 (18)
箕輪町 (13)
伊那市 (7)
辰野町 (2)
下諏訪町 (9)
諏訪市 (1)
中川村 (3)
駒ケ根市 (6)
ニュース (4)
廃村 (1)
伝説 (2)
本日の訪城 (14)
飯島町 (1)
武将の墓地 (4)
松川村 (3)
千曲市 (1)
南箕輪村 (1)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。