長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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生坂村  小屋城②

小屋城の第2回目を始めたいと思います。

IMG.jpg

今回は、郭②から西側尾根筋について紹介していきたいと思います。

 ~ 郭② ~  

ikusakakoya21.jpg

郭②は堀①と堀③に挟まれた狭い郭である。
この郭の特徴は郭の半分程を削り残したと思われる土塁状の高まりがあることである。


ikusakakoya22.jpg

元々が狭い郭なのに何故この高まりを造ったのであろうか?
この高まりは犀川崖側にあるため土塁ではないと思われるが。。。。。幅も広いし。
「山城探訪」ではこれを土塁としているが、何故攻められる可能性の無い犀川側なのであろう?


 ~ 堀③ ~  

ikusakakoyasiro100.jpg

郭②と郭③の間にある竪掘である。
この堀は尾根上の道を確保しつつ防御をしようと両脇を竪掘を落としている。
本当なら堀切にして橋でも渡せばいいのに何故か竪掘としている。
よほど郭②と郭③の連携強化が必要であったのであろうか。



~ 郭③ ~  

ikusakakoya91.jpg

郭③を見る(奥に郭④の高まりが見える)

ikusakakoya94.jpg

この郭は削平が甘く所々でこぼこしている。
戦時は周囲に柵を巡らして兵士が詰める場所として守れればよいので奇麗に削平する必要が無かったのであろう。


ikusakamoya97.jpg

こや地籍側には帯郭が造られている。
この部分にも柵が巡っていたのであろう。


~ 郭④ ~  

ikusakakoya32.jpg

ikusakakoya36.jpg

ikusakakoya34.jpg

郭④の中核施設のなると思われる高まりである。(いろんな角度からどうぞ・・・ (*^^)v )
この高まりの上は狭いものの削平されているので物見台のようなものがあったと思われる。


ikusakakoya35.jpg

郭④の高まりの周囲を守るように郭が造られていてこの郭を守る意識が強いことがうかがわれる。 

ikusakakoya31.jpg

上部は郭となり斜面を下るにしたがって帯郭になっていく。
(この帯郭には柵列が築かれていたのであろう。)


~ 堀④ ~  

ikusakakoya41.jpg

堀④は尾根上では浅くなっていて確認は困難であるが、両脇の堀切から続く竪掘が明瞭に残っている

PC263130.jpg

PC263135.jpg

犀川側は竪掘の窪みが確認できるが崖の為に斜面下までは見ることができなかった。。

ikusakakoya42.jpg

ikusakakoya45.jpg

こや地籍側の竪掘は良く残っており、埋まっていることを考えると、城が使われていたときもこの堀は深かったものと思われる。

~ 郭⑤と堀⑤ ~  

ikusakakoya71.jpg

堀④からは少し自然地形の尾根が続き郭⑤となる。

ikusakakoya72.jpg

郭⑤である。
自然地形にも見えるが、少し高まりとなりなんとなく平らになっている。
万平から登ると最初の場所が郭⑤の場所なのでここに防御施設がないと楽に敵が尾根上に登ってしまうことになる。


ikusakakoya75.jpg

ikusakakoya73.jpg

尾根の先端部にはこの祠があり、郭状になっている。

ikusakakoya78.jpg

郭⑤から見る万平居館の馬場跡。 

PC263150.jpg

尾根への登り口となっている堀⑤(堀とは断定できないが、ここに堀切があると効果的である。)

PC263154.jpg

小屋地籍から見上げる堀⑤
こや地籍からみるとどう見ても堀切にしか見えないんだよな~。


~ こや地籍 ~ 

ikusakakoya52.jpg

ikusakakoya53.jpg

小屋城の番兵がいたとされるこや地籍をみる。
戦前までは家があったとされるが、現状は荒れた畑跡と山林となっている。


~ その他 ~  

ikusaakoya57.jpg

大城万平登り口側からの小屋城登り口。
以前は本郭にでも神社がありここから登っていたのであろうが、現在は藪となっていて登るのは困難である


ikusakakoya58.jpg

万平の居館から見た小屋城と大城。 

ikusakaoya59.jpg

小屋城遠望。 

臨場的にすべてを拾ってみました。。。。。(?_?)

小屋城はいかがでしたか?写真の多用により長すぎだとお叱りを受けそうですが・・・・・・
ブログ的にはお城の図鑑を目指していますので・・・細かくお伝えしています。
御許しを。

小屋城は天正10年の小笠原氏による日岐攻めで落城したとされるが、小笠原氏の兵力の前では
こんな城はひとたまりもなかったと思われる。

この城のひとつ気になる所は、堀①の二重の堀が竪掘部分で一本になる所で、日岐氏の城では見られない技術である。

この技術が見られるのは小笠原氏の平瀬城・桐原城・林城・塔の原城などであり、
この小屋城も落城後に小笠原氏の改修の可能性をうかがわせるが素人にはどうも・・・・・(-_-;)



~参考資料~

生坂村誌    (生坂村誌刊行会   平成9年)

山城探訪    (宮坂 武男     平成10年)  
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  1. 2012/07/01(日) 08:28:10|
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