長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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生坂村  日岐城②

日岐城第2回目は日岐城関連遺跡の 

~ 北の番所屋敷 ~  でございます。

所在地・・・・生坂村表日岐                            訪城時間・・・・0分

危険度・・・・★☆☆☆☆                             訪城目印・・・・日岐城直下



              ~北の番所屋敷の歴史~

生坂村誌によると、

日岐城の下でしし岩の真上の平地にある。

裏日岐の殿屋敷へ行く川べりの要所でもあり、他に番所屋敷道上、道下がニ筆で五畝十六歩ある。

明治六年の「切図」には畑五筆でニ反一畝十六歩ある。

表日岐には武士の屋敷があったので北と南の両方の入り口に番所を置いたと考えられる。

また両方の番所の屋敷の近くには犀川の渡船場っがあった。とある。



              ~北の番所屋敷の現状~

kitanobannsyo3.jpg

生坂村誌の記載されている明治六年の番所屋敷切図

kitanobannsyo.jpg

一応、現状を書いてみました。

~ ①番所屋敷 ~

kitanobannsyo1.jpg

kitanobannsyo17.jpg

 ①の番所屋敷にある説明板と①の部分を見下ろしてみる。
現状は荒れ地となっていて土塁等は見られないが犀川側に突起部のような平場が見られる。


kitanobannsyo99.jpg

①にある説明板と日岐城へ続く表道を見る。


~ ②番所屋敷 ~

kitanobannsyo4.jpg

 ②の番所屋敷の現状は荒れ地となっていて①とは段差によって分かれている。

kitanobannsyo10.jpg

日岐城側は細くなっていて形状は三角形である。
先端部の日岐城側は道が下りとなっていてこのあたりに門があったら防御に効果的である。



~ ①と②の間の段差 ~

kitanobannsyo2.jpg

 ①と②の平場の段差に沿ってわずかながら窪みが見られる。
(畑や田んぼの水路だった可能性もあるが。)


kitanobannsyo8.jpg

窪みを犀川側にたどっていくと、犀川への急斜面に竪掘状の窪みが落ちているのが確認出来た。
(これが自然の荒れなのか、堀から続く竪掘なのかは藪の為詳細は確認できず)


kitanobannsyo6.jpg

この段差の窪み部分が堀であるとすれば、この日岐城側から来た道が登りきった部分(段差の部分)
に門を設ければかなりの防御となると思われる。


~ ③番所屋敷道上 ~

kitanobannsyo9.jpg

 ①の番所屋敷から見た、③・④の番所屋敷道上。

kitanobannsyo12.jpg

kitanobannsyo15.jpg

kitanobannsyo19.jpg

 ③の部分は現状五段の田んぼ跡となっていて遺構らしきものは見られない。
この田んぼ跡の一部も番所屋敷と書かれているので番士の詰め所や屋敷があったと思われる。
田んぼの壁に古い石積みも見られる(田んぼによるものの可能性もあるが)のでもしかしたら
現状の段は昔のままの可能性も考えられる。


~ ④番所屋敷 ~

itanobannsyo0012.jpg

kitanobannsyo00024.jpg

 ④の部分は一番上部のみきれな平坦面となっていてその他の部分は下の写真のように緩い傾斜地となっている。
④の地名は一番上の辺りが城平・下の部分が番畑となっている。


kitanobannsyo000.jpg

 ④の部分から上へ登って行くとそんなに時間もかからずに日岐城の搦め手側の尾根上へ行けてしまう為
にこの部分にも何かの施設があったので城平の地名がつけられた可能性もあるのではないだろうか。


以上、北の番所を書いてきましたがいかがでしたか?
北の番所はちょうど犀川と日岐城の斜面に挟まれ道が狭くなった要所に築かれたものであり、
記載した溝が堀であったとすれば日岐城に付属する出城的なものであったろう。
南の番所と北の番所の間には武士の屋敷などがあったようなのでたとえてみると朝倉一乗谷のような
入り口と出口を門で守られた城下町であったと思われる。
ただ、城主の居館はこの中にはなかったが・・・・(-_-;)


さて、次回は。。日岐城城主の居館「殿屋敷」をお送りしたいとおもいます。
お楽しみに・・・(遺構は無いのであまり期待しないでね  ) 

~参考文献~

生坂村誌  (生坂村誌刊行会  平成9年)
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  1. 2012/07/11(水) 21:43:03|
  2. 生坂村
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<生坂村  日岐殿屋敷 | ホーム | 生坂村  日岐城①>>

コメント

執念でございますなあ。

昨年、毎週のように通ったこの村は小生の第二の故郷かもしれません(笑)
日岐城に向かう途中の番所跡も懐かしい限りでございます。
合併で名の消える村が多くなりましたが、生坂村はその名を後世に残してもらいたいと熱望しています。
  1. 2012/07/14(土) 21:36:24 |
  2. URL |
  3. らんまる #-
  4. [ 編集 ]

Re: 執念でございますなあ。

> 昨年、毎週のように通ったこの村は小生の第二の故郷かもしれません(笑)
> 日岐城に向かう途中の番所跡も懐かしい限りでございます。
> 合併で名の消える村が多くなりましたが、生坂村はその名を後世に残してもらいたいと熱望しています。


らんまるさん、いつもコメントありがとうございます。
平地にある居館・城跡など消滅したものを探す場合は
地名や字がヒントに探していますが、市町村合併や構造改善などで
地名が無くなったり変わってしまったりして探し出すのに不便な時代になってしましました。
知っている人が居るうちに探さねばと焦る日々です。
特に山奥の廃村周辺の山城や居館跡は苦労しています。
  1. 2012/07/14(土) 21:52:15 |
  2. URL |
  3. ていぴす #-
  4. [ 編集 ]

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