長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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生坂村  日岐城②

日岐城第5回

こんにちは。。。。(*^^)v

前回は、日岐城物見台までお届けしてきましたので今回は③三の郭から進めていきたいと思います。

写真が多いですがお付き合いください。
 


hkisiro.jpg

縄張り図を参考に見ていきます。(自信がないので参考程度に。。。。。してください。)

~ ③三の郭 ~

hikisiro11.jpg

大手道が尾根上に出た所の分岐を西側に進むと三の郭へ着きます。
三の郭は山のピークを利用しており登ってきた尾根より高くなっていて三の郭に入るには道が
虎口のように迂回して登って郭へ入っている。


hikisiro17.jpg

hikisiro14.jpg

三の郭は通称かじ平と呼ばれており刀鍛冶が居たとされている。
刀鍛冶が普段こんな所にいるわけはなく、居たとしても戦時の籠城戦の時くらいであろう。
現在、三の郭は二段になっているように見えるがよく見ると現在通路となっている所は遊歩道の為に削られた
可能性があり、一段高い崖側の方を見ると元々は加工度の低い自然地形の郭であったと思われる。


hikisiro19.jpg

三の郭から見る本郭方面。
この城の犀川側は絶壁であり、近年も斜面が崩落する災害があった。


~ 三の郭から発生する北尾根 ~

hikisiro16.jpg

三の郭から北尾根が発生している。
①の郭で紹介した写真でもわかるように大手道とは小さい沢を挟んで存在する。


hikisiro13.jpg

hikisiro15.jpg

この尾根には段郭が見られる。

hikisiro12.jpg

段郭を2段ほど降ると切岸を伴った小さな堀切が見られる。
この尾根は三の郭への防御と大手道の防御を担っていたものと思われる。


~ 堀切① ~

hikisiro21.jpg

三の郭西側にある自然地形を利用した堀切と思われるものがある。
現状は犀川側の斜面の崩落が激しく現状も進んでいると思われる。
  


hikisiro23.jpg

ニの郭側から堀切と三の郭を見る。
本によってはこれを堀切とみていないものもあるがニの郭と三の郭と分けるなら堀切がほしい所ではある。


~ ④ニの郭 ~

hikisiro25.jpg

堀切①を越えると段郭がありニの郭へ入って行く。

hikisiro26.jpg

ニの郭から堀切①を見下ろす。
ニの郭と堀切①の間には小さい郭があり郭には虎口状の入り口があるが公園化に伴って階段が造られていて
階段を造る為の削平か城の虎口か迷う所ではある。
なぜならここに虎口を造ると堀切①との比高さが無くなってしまいたやすく入られてしまうからだが、
虎口とするならかなり発達したもので生坂村の他の城には見られない遺構となる。


hikisiro33.jpg

ニの郭の東側(堀切①側)には土塁が造られている。
現在の登山道は写真で見ると土塁の左側を入ってくる。


hikisiro28.jpg

ニの郭を見る。

hikisiro29.jpg

ニの郭から堀切②を挟んで本郭を見る。
ニの郭は二段になっていて堀切②側に一段低く造られている。


hikisiro42.jpg

本郭から見たニの郭全景

~ 堀切② ~

hikisiro37.jpg

hiksiro39.jpg

hikisiro38.jpg

堀切②の手前には二の郭の下段の郭があり堀切との比高さを減らしている。
この構築の仕方は何を意味しているのであろうか?
通常堀切を掘るのだから郭との比高を稼ぎたい・敵の移動を邪魔したいという意思があるはずである。
なのにわざわざニの郭を一段下げて比高さをなくしている。


hikisiro40.jpg

本郭切岸から堀切②とニの郭を見下ろす。
推測するなら・・・ニの郭を落とした敵が本郭に攻めかかる際にニの郭下段と堀切の段差で躊躇して
進撃の速度を落としそのすきに本郭から鉄砲・弓矢で敵を打つ・・・・っていうのはいかがでしょ?
本郭の切岸は急斜面で登るのは困難であり堀切②辺りに敵をためて本郭から頭上攻撃することは考えていただろうけど。


今回はこれで・・・お・わ・り。
三の郭から堀切②まで見てきましたがいかがでしたでしょうか?
説明に素人考えが入っておりますが・・・・・気にしないでください。妄想ですから (-_-;)

次回は日岐城の最終回・・・・本郭周辺をお伝えします。   お楽しみに!
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  1. 2012/07/15(日) 11:42:57|
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