長野県の歴史を探し求めて

長野県内にある城跡・石造物などを探し求めそれらを紹介していきます。

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生坂村  矢殿

所在地・・・・・生坂村下生坂丸山(入山とも。。。)

訪城時間・・・・丸山集落から約2時間くらい(清内路方面からは5㎞くらいとのこと)

訪城目印・・・・廃屋と墓地



              ~矢殿の歴史~

生坂村誌には、

明治六年の切図では矢殿として一二筆で畑がニ反八畝ある。

矢殿は小部落地名として残るが地滑りの為に遺構はわからない。としている。

弓矢の矢を作っていたとの伝承があるようであるが、詳細は不明である。

近くに矢本の屋号の家もあるようだ。



               ~矢殿の現状~

yatono6.jpg

yaono14.jpg

矢殿は周囲を竹藪に囲まれて、正面(南側)は沢が流れている。
丸山からの道は殿屋敷の湿地帯を通り過ぎ、崩落地を越えたら沢を渡りこの矢殿へたどり着く。
写真のように竹藪に囲まれているので道もあいまいになっており通り過ぎるのに苦労する。
ちなみに周囲にある竹は矢竹とは種類が違う竹である。


yatono2.jpg

yatono16.jpg

矢殿地籍の平坦地。
かつては土蔵・母屋など大きな建てものがたっていたようである。
現状は藪となっている。 
 


yatono7.jpg

yatono9.jpg

yatono11.jpg


建物の痕跡としては全体的に崩落してしまい、この柱しかないが規模の大きさはうかがえる。
なにが建っていたのかは分からないが、礎石も確認できた。


yatono12.jpg

歴史を感じるものとして、かつて牛にひかせて田んぼを耕していたこの器具が残っていた。
矢殿の田んぼは建物がある平地から沢へ下って行った所の沢沿いにあったらしく、現在も痕跡は残っている


yatono1.jpg

竹藪の中にひっそりと建っている「矢殿家」の墓である。
この矢殿家とは屋号のことであり、ちゃんと書くと矢殿井口家である。
矢殿家は、現在も五月に毎年訪れて墓参りと祭りを行っていて、その為に矢殿周辺と清内路からの道は整備さ
れているのである。

こんな山奥まで墓参りを毎年している矢殿家を自分も含めて現代の人々は見習う必要があると思う。


矢殿地籍を書いてきましたがいかがでしたか?

矢殿が城館跡との証拠はないものの、同じ渓谷に二つの殿屋敷の存在と矢殿の地名、大城存在を考え合わせれば
ここに城館があってもおかしくはないようであるが。。。。
決定づける遺構・資料が存在していないため不明としか言いようがないが城館の候補として記載しておく。



~参考文献~

生坂村誌    (生坂村誌刊行会    平成9年)
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  1. 2012/08/05(日) 01:45:23|
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